ホーム スポーツ りくりゅうペアの現在は?2026年五輪金メダルから引退理由・7年間の軌跡を徹底解説

りくりゅうペアの現在は?2026年五輪金メダルから引退理由・7年間の軌跡を徹底解説

神崎 雪穂 神崎 雪穂 • 更新: • 公開: • 読了約 26 分
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2026年11月現在、フィギュアスケートの「りくりゅうペア」こと三浦璃来(みうら・りく)さんと木原龍一(きはら・りゅういち)さんは、現役競技生活に幕を下ろし、新たな活動へと歩みを進めています。2019年8月のペア結成から、2022年北京オリンピックでの入賞、2023年と2025年の世界選手権優勝、そして2026年ミラノ・コルティナオリンピックでの日本ペア史上初の金メダルまで、2人が築いた実績は日本フィギュアスケートの歴史を大きく変えました。

一方、金メダル獲得から約2か月後の4月17日には、今シーズン限りでの現役引退をSNSで発表。4月28日の引退会見では、引退を決めた本当の理由や今後のプロ活動、ペア競技の普及に向けた思いを明かしました。さらに8月には婚約を公表し、9月には愛知・名古屋アジア大会の聖火リレーにも登場しています。2人の現在と、引退に至るまでの経緯を時系列で整理します。

【基本プロフィール】りくりゅうペアの三浦璃来・木原龍一とは?

りくりゅうペア

りくりゅうとは、フィギュアスケートのペア競技で活躍した三浦璃来さんと木原龍一さんの愛称です。三浦さんの「りく」と木原さんの「りゅう」を組み合わせた呼び名で、2人の名前を知る国内外のファンに親しまれています。

所属は木下グループ。カナダを練習拠点とし、ブルーノ・マルコットコーチらの指導を受けながら世界トップレベルのペアへと成長しました。

三浦璃来のプロフィール
  • 名前:三浦璃来(みうら・りく)
  • 生年月日:2001年12月17日
  • 出身地:兵庫県
  • 最終学歴:中京大学
  • 所属:木下グループ
  • 競技種目:フィギュアスケート・ペア
  • 元パートナー:市橋翔哉
  • 現在:現役引退、プロ活動への移行

三浦さんは当初、女子シングルの選手としてスケートに取り組んでいましたが、2015年にペアへ転向。市橋翔哉さんとのペアを経て、2019年に木原さんと新たなチームを結成しました。

若い年齢からペア競技に取り組み、国際舞台で経験を積んできたことが、後のオリンピック金メダルにつながる基礎になっています。

木原龍一のプロフィール
  • 名前:木原龍一(きはら・りゅういち)
  • 生年月日:1992年8月22日
  • 出身地:愛知県
  • 最終学歴:中京大学
  • 所属:木下グループ
  • 競技種目:フィギュアスケート・ペア
  • 以前のパートナー:高橋成美
  • 現在:現役引退、プロ活動への移行

木原さんは2013年に男子シングルからペアへ転向しました。高橋成美さんとコンビを組み、2014年ソチオリンピックに出場。その後も別のパートナーと競技を続け、2019年に三浦さんと出会います。

北京、平昌、ソチと過去3大会のオリンピックを経験してきた木原さんの豊富な国際大会経験は、りくりゅうペアの成長を支える大きな要素でした。

2人は9歳差ですが、競技中の息の合った動きや自然な掛け合いが特徴です。年齢差を感じさせない関係性と、互いの強みを引き出す演技が、長年にわたって高い評価を受けてきました。

【結成秘話】2019年にりくりゅうペアが誕生した経緯とは?

りくりゅうペアの結成が発表されたのは、2019年8月5日です。所属先の木下グループも当時、新たなペア結成を公式に発表しました。

実は、この出会いは最初からオリンピック金メダルを目指して計画されたものではありません。互いにパートナーを探していた時期に、三浦さんが木原さんへ声をかけたことが始まりでした。

三浦璃来から木原龍一へ声をかけたことが始まり

2019年当時、三浦さんは前のパートナーとのペアを解消し、新しいパートナーを探していました。一方の木原さんも、それまでのペアを解消しており、今後の競技生活を模索していた時期でした。

2人が出会うきっかけとなったのは、2019年のトライアウトです。三浦さんは木原さんより9歳年下で、当初は話しかけることにもためらいがあったと、JOCのインタビューで振り返っています。

背中を押したのは、共通の知人だったアイスダンサーの小松原美里さんでした。木原さんの人柄について聞いた三浦さんは、声をかける決心をします。

その後のトライアウトで木原さんは、初めて一緒に滑った際に相性の良さを直感したと語っています。

初めて滑った瞬間から感じた相性の良さ

ペア競技は、2人が個別に優れた技術を持っているだけでは成立しません。ジャンプ、リフト、スロー、ツイストなど、複数の技でタイミングや身体の動きを一致させる必要があります。

特に重要なのが、相手の動きを瞬時に察知する能力です。少しのタイミングのずれが技の完成度や安全性に影響するため、長期間の練習を通じて信頼関係を構築しなければなりません。

JOCのインタビューでは、木原さんがトライアウトの段階で「絶対これはうまくいくな」という感覚を持ったことを明かしています。

一方、三浦さんも初めて一緒に滑った際に、これまで経験したことのない相性の良さを感じたと振り返っています。

この出会いが、その後7年間にわたる世界的な成功の出発点になりました。

カナダを拠点に世界トップを目指す

結成後の2人は、カナダを練習拠点として本格的な強化に取り組みました。指導を担当したブルーノ・マルコットコーチのもと、ペアとしての技術や表現力を磨いていきます。

海外拠点での活動には、言語や生活環境への適応、競技費用、練習環境の確保など、さまざまな負担があります。それでも2人は互いに支え合いながら競技を継続しました。

結成当初からオリンピック金メダルを確信していたわけではありません。むしろ、世界トップに入れるというコーチの評価に対しても、当時は半信半疑だったと明かしています。

その現実的な出発点から、世界選手権優勝、そしてオリンピック金メダルへと到達したことに、2人の歩みの大きさがあります。

【競技実績と歴代成績】北京五輪からミラノ五輪金メダルまでの軌跡

りくりゅうペアの競技実績を振り返ると、2019年の結成からわずか数年で国際大会の頂点に立ち、その後も世界トップの成績を維持してきたことが分かります。

特に重要なのが、2022年北京オリンピック、2022-23シーズンの年間グランドスラム、2025年世界選手権、2026年ミラノ・コルティナオリンピックという4つの転換点です。

りくりゅうペアの主要大会成績・年表
時期 大会・出来事 主な結果・意味
2019年8月 ペア結成 三浦璃来・木原龍一の新チームが誕生
2022年2月 北京オリンピック 個人戦7位、団体戦銀メダル
2022年3月 世界選手権 銀メダル
2022年12月 グランプリファイナル 初優勝
2023年2月 四大陸選手権 優勝
2023年3月 世界選手権 日本ペア初優勝
2023年シーズン 年間グランドスラム 主要国際タイトルを全制覇
2024年3月 世界選手権 銀メダル
2025年2月 四大陸選手権 優勝
2025年3月 世界選手権 2度目の優勝
2025年12月 グランプリファイナル 優勝
2026年2月 ミラノ・コルティナ五輪 団体銀メダル、ペア金メダル
2026年4月 現役引退発表 今シーズン限りでの競技引退を公表
2022年北京オリンピックで日本ペア初の7位入賞

りくりゅうペアが初めて出場したオリンピックが、2022年の北京大会です。

この大会では、フィギュアスケート団体戦で日本の銀メダル獲得に貢献しました。ペア個人戦でも7位に入り、日本のペアとしてオリンピック史上初の入賞を達成しています。

当時の7位は、日本のペア競技にとって大きな成果でした。シングル種目に比べて競技人口や指導環境が限られていた日本のペア競技が、国際舞台で存在感を示した出来事だったからです。

加えて、2022年3月の世界選手権では銀メダルを獲得。北京五輪の結果が一時的な躍進ではなく、世界トップクラスの実力を備えたチームであることを証明しました。

2022-23シーズンに年間グランドスラムを達成

次の大きな転換点が2022-23シーズンです。

りくりゅうはグランプリファイナル、四大陸選手権、世界選手権という主要な国際大会で優勝。日本のペアとして初めて年間グランドスラムを達成しました。

2023年3月の世界選手権では合計222.16点を記録して優勝。日本ペアの歴史を塗り替えました。

年間グランドスラムは、複数の主要大会で年間を通じて結果を残す必要があるため、単発の好成績とは異なる意味を持ちます。高い技術力だけでなく、シーズンを通してコンディションを整える力も求められる実績です。

2025年にも世界選手権を制覇

2024年の世界選手権では銀メダルとなりましたが、翌2025年には再び世界選手権を制しました。

2025年2月の四大陸選手権でも優勝し、同年12月のグランプリファイナルも制覇。2026年のオリンピックを前に、世界トップの実力を改めて示しました。

2023年の成功だけに依存せず、複数シーズンにわたって優勝争いを続けたことが、りくりゅうペアの競技者としての価値を裏付けています。

【2026年ミラノ・コルティナ五輪】日本ペア初の金メダルを獲得したフリーの全貌

りくりゅうペアの競技人生を象徴する出来事が、2026年2月16日のミラノ・コルティナ冬季オリンピックです。

フィギュアスケートのペア個人戦で、三浦璃来さんと木原龍一さんは日本勢初となる金メダルを獲得しました。

しかも、その勝利はショートプログラムでの出遅れを覆す大逆転劇でした。

ショートプログラムは5位スタート

2月15日に行われたショートプログラムでは、73.11点で5位となりました。

金メダルを目指すうえで厳しい位置からのスタートとなり、翌日のフリースケーティングでは大きなプレッシャーがかかる状況でした。

しかし、2人はここで崩れることなく、これまで積み重ねてきた練習と互いへの信頼を頼りに演技へ臨みます。

フリースケーティング「グラディエーター」で歴史的演技

フリーのプログラムに使用されたのは、映画『グラディエーター』の楽曲です。

力強い音楽に合わせて、2人はジャンプやスロー、リフトなどの大技を次々と成功させました。スピード感のある滑りと、2人の動きが一体となった演技が大きな見どころでした。

フリーの得点は158.13点。当時のペア競技における世界歴代最高得点を記録しました。

ショートプログラムの73.11点と合わせた合計は231.24点。見事に逆転し、表彰台の頂点に立ちました。

ミラノ五輪の最終成績
  • ショートプログラム:73.11点・5位
  • フリースケーティング:158.13点・1位
  • 合計:231.24点
  • 最終順位:1位・金メダル
  • 団体戦:銀メダル

国際スケート連盟(ISU)も、5位から金メダルへと逆転した歴史的な演技として紹介しています。

日本のフィギュアスケートでは、荒川静香さんの2006年トリノ五輪女子シングル金メダル、羽生結弦さんの2014年ソチ五輪・2018年平昌五輪男子シングル金メダルなどが知られていますが、ペア種目で日本が頂点に立つのは初めてでした。

また、個人戦だけでなく団体戦でも日本の銀メダル獲得に貢献。2人は同一大会で金と銀という2つのメダルを手にしました。

この結果は、りくりゅうという1組のペアの成功にとどまらず、日本のペア競技が世界の頂点に立てることを示した歴史的な成果です。

【引退表明の理由】なぜ金メダル獲得後に現役引退を決断したのか?

2026年4月17日、りくりゅうペアはそれぞれのSNSで現役引退を発表しました。

ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得した直後だっただけに、現役続行を期待していたファンにとって大きなニュースとなりました。

引退発表の約2週間後となる4月28日には、都内で引退会見を実施。そこで明かされた説明から、引退は突然の思いつきではなく、以前から考えていた選択だったことが分かります。

4月17日のSNSで発表された引退声明

2人は連名の声明で、今シーズンをもって現役を引退することを報告しました。

「私たちはやり切ったという気持ちでいっぱいで、悔いはありません。これまでのすべてが誇りであり、大切な財産です」

また、これからも日本の人々にペア競技を知ってもらうため、新しい活動に2人で挑戦していく意向を示しました。

今回の発表で重要なのは、競技を離れることと、フィギュアスケートから離れることは同じではないという点です。現役選手としての活動を終えても、プロとしてペア競技に携わる方向性を明確にしていました。

引退会見で明かされた本当の理由

4月28日の会見で、三浦さんは今シーズンの初めから引退する可能性を考えながら競技に臨んでいたと説明しました。

一方、五輪のショートプログラムで5位になった時点では、このままでは終われないという思いが強く、もう4年間競技を続けることも話し合っていたといいます。

ところが、翌日のフリースケーティングで自分たちの積み重ねてきたものを信じ、持てる力をすべて出し切ることができました。

その結果、2人の気持ちは変わります。オリンピックの演技を終えた時点で、競技生活に対する達成感が生まれ、引退を決断しました。

木原さんも、2025年5月頃から自分たちにとって最後のシーズンになると考えていたことを明かしています。五輪終了時点で現役生活を終えるという気持ちが固まっていたそうです。

世界選手権の欠場も引退への流れに

2026年2月27日、日本スケート連盟は2人が世界選手権への出場を辞退すると発表しました。

公式発表によると、シーズン最大の目標をオリンピックに置いていたため、五輪終了後に短期間で心身のコンディションを戻すことは難しいと判断したことが理由です。

この時点では、今後についてはシーズン終了後に本人たちから発表するとしていました。

その後、4月17日に現役引退を正式発表し、4月28日の会見で決断の経緯を詳しく説明しています。

引退は不仲や競技トラブルが原因だったのか?

引退のニュースを受け、さまざまな憶測が生まれることもありました。しかし、本人たちが会見で説明した中心的な理由は、オリンピックでやり切ったという達成感です。

三浦さんと木原さんは、現役生活を一言で表すなら「努力」だと、それぞれ語っています。互いの努力を認め合い、苦しい時期も2人で乗り越えてきたことが、金メダルにつながったという認識です。

したがって、引退を不仲やペア解消のトラブルと結びつける根拠はありません。むしろ、競技者としての目標を達成したうえで、2人が同じ方向を向いて次の人生を選んだという経緯が会見から読み取れます。

【2026年11月最新】りくりゅうペアの現在と引退後の活動

2026年11月現在、三浦璃来さんと木原龍一さんは、競技者としての現役生活を終えています。

ただし、2人の活動が終了したわけではありません。引退会見ではプロスケーターとしての活動や、ペア競技の普及、将来的な指導者への展望を語っています。

プロスケーターとして新たな活動へ

4月28日の会見で、木原さんは今後プロとして活動する予定であることを説明しました。

日本ではペア競技の技を間近で見る機会が限られているため、各地を回ってペアの魅力を伝えたいという考えです。

具体的な活動としては、スケート教室や小規模なアイスショーなどが候補に挙がりました。競技生活とは異なる形で、これまで培ってきた技術を多くの人に見てもらうことを目指しています。

ただし、引退会見で示されたのは今後の活動方針であり、すべてのイベントや指導活動がすでに開始されたという意味ではありません。

日本のペア競技を強くするための指導者への展望

引退会見で特に注目されたのが、2人が日本のペア競技の将来について語ったことです。

三浦さんは、ペア競技を始めた頃、日本国内に十分な指導環境がなく、海外を拠点にする必要があったことを振り返りました。

海外で活動するには言葉の壁もあり、競技を始める段階から大きなハードルが存在します。こうした問題を少しでも解消したいという思いを示しています。

木原さんも、日本国内でペアを指導できるコーチが限られていることを指摘。将来的には、ペア競技を始める選手が国内で最初の一歩を踏み出せる環境をつくりたいと語りました。

所属先の木下グループ代表も、将来的に2人のアカデミーを設立する構想に言及しています。ただし、具体的な設立時期や施設の詳細が決定したという発表ではありません。

2026年8月23日に婚約を正式発表

2026年のりくりゅうペアをめぐるもう一つの大きなニュースが、8月23日の婚約発表です。

2人はそれぞれのSNSを更新し、連名で婚約したことを報告しました。

「嬉しい時も、辛い時も、たくさんの時間を共に過ごし、支え合いながら歩んできました。いつしか、お互いにとってかけがえのない、なくてはならない存在となりました」

投稿には、リンクの上で木原さんが三浦さんに指輪を渡す写真などが添えられました。

この発表によって、長年ファンの間でも関心を集めていた2人の関係について、本人たちから正式な報告があったことになります。

ただし、2026年11月時点で確認できる公表内容は婚約です。結婚式や入籍の日程について、婚約発表だけから決定事項として扱うことはできません。

9月には愛知・名古屋アジア大会の聖火リレーに登場

引退後の公の活動として確認できるのが、2026年9月16日に行われた愛知・名古屋アジア大会の聖火リレーです。

名古屋市が発表した聖火ランナーの一員として、2人は名古屋市内を走りました。

中京大学の公式ニュースでも、卒業生である木原さんと三浦さんが聖火ランナーを務めたことが紹介されています。

この参加は、名古屋でペアを結成した2人と地域とのつながりを感じさせる出来事でもありました。

こうした動きを見ると、2026年のりくりゅうペアは、競技の第一線から退いた後も、スケートやスポーツに関わる活動を続ける段階にあることが分かります。

【プロの結論】りくりゅうペアが日本フィギュア界に残した本当の功績

りくりゅうペアの価値は、2026年のオリンピック金メダルだけではありません。日本のペア競技が抱えてきた環境面の課題を明らかにし、次の世代に向けた具体的な目標を示したことにもあります。

① ペア競技の認知度を大きく高めた

日本ではフィギュアスケートといえば、男子・女子シングルが注目される傾向がありました。

しかし、りくりゅうペアの活躍によって、ペア競技特有のリフト、ツイスト、スロージャンプ、2人の一体感といった魅力が広く知られるようになりました。

2026年の金メダルは、ペア競技を初めて詳しく知った人にとっても、その迫力と技術の高さを実感できる出来事でした。

② 海外拠点に依存しない育成環境の必要性を示した

三浦さんと木原さんは、海外での練習や生活を通じて世界トップレベルに到達しました。しかし、次の世代の選手にも同じ環境を求めることができるとは限りません。

海外への移住、言語、費用、指導者の確保などは、ペア競技を始める選手や家族にとって大きな負担です。

2人が将来的な指導者活動やアカデミー構想に関心を示している背景には、自分たちが経験した課題を次の世代に繰り返させたくないという考えがあります。

③ 引退後も2人で競技の魅力を伝える価値

現役引退は、必ずしも競技人生の終わりを意味しません。

りくりゅうの場合、世界トップの演技を実際に経験した2人が、プロ活動や指導を通じて技術と経験を伝えられる可能性があります。

特に、ペア競技は個人競技とは異なり、2人の信頼関係や連携を育てる必要があります。実際に世界の頂点を経験した選手から学べることには、大きな価値があります。

今後の評価で重要になるのは、金メダルという実績だけでなく、2人がどのような形で国内の育成環境を支え、競技人口の拡大に貢献していくかという点です。

りくりゅうペアに関する情報を見極める3つのポイント
  • 引退と競技引退後の活動を区別する:現役選手としての引退は確定していますが、プロスケーターや指導者としての活動は別のキャリアです。
  • 婚約と結婚を混同しない:2026年8月に婚約を発表しましたが、婚約発表は入籍や結婚式の実施を意味しません。
  • 引退理由は本人の会見を基準にする:中心的な理由は五輪でやり切ったという達成感です。不仲やトラブルを裏付ける説明はありません。

この3点を押さえておけば、今後のニュースやSNSで新しい情報が出た際にも、事実と憶測を混同せずに2人の動向を追うことができます。

【よくある質問】りくりゅうペアに関するFAQ

Q1:りくりゅうペアは2026年現在、引退していますか?
A1:はい。三浦璃来さんと木原龍一さんは2026年4月17日に今シーズン限りでの現役引退を発表し、4月28日の会見で決断の経緯を説明しました。現在は競技者としての活動を終え、プロ活動など次のキャリアを目指しています。

Q2:りくりゅうペアの引退理由は何ですか?
A2:2026年ミラノ・コルティナ五輪のフリースケーティングで持てる力を出し切り、2人とも競技生活をやり切ったと感じたことが大きな理由です。三浦さんはシーズン当初から引退の可能性を考えており、木原さんも2025年5月頃から最後のシーズンになると考えていたと会見で説明しています。

Q3:りくりゅうペアは結婚したのですか?
A3:2026年8月23日に2人がSNSで婚約を発表しました。氷上で木原さんが三浦さんに指輪を渡す写真も公開されています。ただし、婚約と入籍は異なるため、婚約発表をもって結婚済みとすることはできません。

Q4:りくりゅうペアは何歳差ですか?
A4:三浦璃来さんは2001年12月17日生まれ、木原龍一さんは1992年8月22日生まれです。2人は9歳差で、木原さんが年上です。

Q5:りくりゅうペアは北京オリンピックで何位でしたか?
A5:2022年北京オリンピックのペア個人戦で7位に入賞しました。また、団体戦では日本の銀メダル獲得に貢献しています。ペア競技で日本勢初のオリンピック入賞という成果も残しました。

Q6:りくりゅうペアはミラノ・コルティナ五輪で何点を獲得しましたか?
A6:個人戦の合計得点は231.24点です。ショートプログラム73.11点で5位となった後、フリースケーティングで158.13点を獲得して逆転優勝しました。

Q7:りくりゅうペアは今後、指導者になるのですか?
A7:2人とも将来的な指導者活動に意欲を示しています。木下グループ代表からは、将来的に2人のアカデミーをつくる構想も示されました。ただし、具体的な開設時期などは公表されていません。

りくりゅうペアこと三浦璃来さんと木原龍一さんは、2019年8月の結成から約7年間にわたり、日本のフィギュアスケート界に大きな足跡を残しました。

2022年北京オリンピックでの個人7位・団体銀メダル、2023年の年間グランドスラム、2025年の世界選手権優勝。そして2026年ミラノ・コルティナオリンピックでは、ショートプログラム5位からの大逆転で、日本ペア史上初の金メダルを獲得しました。

その後、4月17日に現役引退を発表。引退会見では、五輪のフリーで持てる力を出し切ったことが決断の大きな理由だったと明かしています。

8月の婚約発表、9月のアジア大会聖火リレーへの参加など、競技生活を終えた後も2人の歩みは続いています。今後はプロ活動や指導者としての可能性を通じて、日本のペア競技をさらに発展させることが期待されます。

りくりゅうペアが残した最大の功績は、単に日本初のオリンピック金メダルを獲得したことだけではありません。日本でもペア競技の世界一を目指せることを証明し、次の世代が挑戦するための道筋を示したことです。

競技者としての7年間は一区切りを迎えました。しかし、2人が築いた信頼と実績は、これからの日本フィギュアスケートに受け継がれていくはずです。

主な事実確認資料: 日本オリンピック委員会(JOC)、国際スケート連盟(ISU)、日本スケート連盟、木下グループ、フジテレビ、スポニチ、日刊スポーツ、中京大学の公式発表・報道。

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神崎 雪穂
デジタルマーケター 神崎 雪穂
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調理師免許を持つフードライター。栄養価は公的食品データベース、調理法はメーカー公式表記で裏取りし、旬は市場入荷記録を参照します。

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