ホーム スポーツ 【益田直也の現在】2026年の成績は?250セーブと800試合登板の価値

【益田直也の現在】2026年の成績は?250セーブと800試合登板の価値

星川 天 星川 天 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
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2026年11月6日時点で、益田直也は千葉ロッテマリーンズに所属する37歳の右腕だ。NPBの2026年シーズン終了時の公式記録では、40試合に登板し、1勝1敗、2セーブ、4ホールド、防御率3.43を記録している。

通算成績は809試合登板、35勝57敗、250セーブ、178ホールド、防御率2.98。救援投手として積み上げてきた数字は、球団の歴史に残る水準に達している。特に注目したいのは、2025年の不振から持ち直し、節目の記録を2つ達成したことだ。

2026年シーズン終了時点の主要成績

項目 成績
登板数 809試合
通算勝利 35勝
通算敗戦 57敗
通算セーブ 250セーブ
通算ホールド 178
通算ホールドポイント 213
通算投球回 782回
通算奪三振 703
通算防御率 2.98
2026年防御率 3.43

出典:日本野球機構「個人年度別成績」。2026年シーズン終了時点。

250セーブ達成は8月4日、西武戦

2026年8月4日、ZOZOマリンスタジアムで行われた埼玉西武ライオンズ戦。5対3とロッテが2点リードした9回、益田はマウンドに上がった。

先頭の渡部聖弥を150キロのストレートで投ゴロに打ち取り、続く外崎修汰を同じく150キロの直球で左飛に仕留める。最後は代打・岸潤一郎を151キロのストレートで右飛に打ち取った。

この試合で今季2セーブ目を記録し、NPB通算250セーブに到達した。プロ野球史上5人目、ロッテの球団史上初という快挙だった。

さらに特筆すべきなのは、平成生まれの投手として初めて名球会の入会基準を満たしたことだ。日刊スポーツの記録分析によると、益田は795試合目で250セーブに到達。過去の達成者と比較しても、登板数が最も多い到達記録となった。

また、プロ入り後に一度も先発登板を経験せず、通算35勝で250セーブを達成した点も特徴的だ。先発投手とは異なる役割を一貫して担い続けたことが、この記録の背景にある。

8月26日には史上9人目の800試合登板

250セーブから22日後の8月26日、益田は福岡ソフトバンクホークス戦で通算800試合登板を達成した。

この試合では2点ビハインドの8回に5番手として登板。先頭に四球を与え、柳田悠岐に安打を浴びるなど1死満塁のピンチを招いたが、その後は持ち味の粘り強い投球で無失点に抑えた。

通算800試合登板はNPB史上9人目。250セーブと800試合登板を同じ2026年に達成したことは、長年にわたる登板数の積み重ねを象徴している。

【プロフィール・経歴】益田直也はどんな選手?新人最多登板から守護神へ

ロッテ益田直也


益田直也(ますだ・なおや)

千葉ロッテマリーンズ・投手/背番号52
- 生年月日:1989年10月25日
- 年齢:37歳
- 出身地:和歌山県
- 身長・体重:179cm・80kg
- 投打:右投右打
- ドラフト:2011年4位
出典:千葉ロッテマリーンズ公式選手名鑑。

益田は和歌山県出身。市立和歌山商業高校から関西国際大学へ進み、2011年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから4位指名を受けてプロ入りした。

プロ入り直後から救援投手として存在感を発揮し、2012年の新人王獲得を皮切りに、セットアッパーとクローザーの両方を経験。2013年と2021年には最多セーブ投手賞を受賞している。

益田直也のキャリア年表と重要な転換点
時期 出来事・役割 主な実績・意味 2011年 ドラフト4位でロッテ入団 関西国際大学からプロ入り 2012年 新人として救援陣に定着 72試合登板、41ホールド、防御率1.67。新人王 2013年 クローザーに定着 33セーブで初の最多セーブ 2014~2018年 中継ぎ・抑えとして活躍 2012年から5年連続50試合以上登板 2019年 守護神に復帰 27セーブを記録 2020~2024年 ロッテの守護神として活躍 2021年に38セーブで最多セーブ。6年連続20セーブ以上 2025年 不振に苦しむ 22試合、防御率4.35 2026年 復調と大記録達成 250セーブ、800試合登板を達成

出典:NPB個人年度別成績、千葉ロッテ公式選手名鑑、パ・リーグ インサイトの記録分析。

新人最多登板記録72試合という原点

益田のキャリアを語るうえで欠かせないのが、2012年の新人最多登板記録だ。

プロ1年目にして72試合に登板し、41ホールド、防御率1.67という好成績を残した。新人投手にとっては負担の大きい救援登板を重ねながら、安定した投球を続けたことが評価され、新人王に選ばれた。

翌2013年には守護神に抜てきされ、33セーブを記録して最多セーブ投手賞を獲得。新人時代のセットアッパーから、試合を締めくくるクローザーへと役割を広げた。

2019年に再び抑えへ戻ると、2024年まで6年連続20セーブ以上を達成。2012年の新人最多登板から2026年の800試合登板まで、救援投手としてのキャリアを積み上げてきた。

【復活の理由】防御率4.35から3.43へ改善した背景とは?

2026年の益田を評価するうえで重要なのは、単に防御率が改善したという事実だけではない。投球スタイル、体づくり、試合前の準備を見直し、年齢に応じた投球へと変化させたことに注目したい。

1. ウエートトレーニングを本格導入

2025年は22試合の登板で1勝4敗、2ホールド、5セーブ、防御率4.35。プロ入り後のシーズンとしては登板数が最も少なく、本人もキャリアで最も悪いシーズンだったと振り返っている。

そこで2025年シーズン終了後、約10年ぶりに秋季キャンプへ参加。従来のランニングを続けながら、ウエートトレーニングやストレッチを本格的に取り入れた。

本人が課題として挙げたのは、シーズン序盤に肩と肘の状態が整うまで時間がかかることだった。その対策としてキャッチボールの開始時期を早め、段階的に投球準備を進めるように変更した。

2026年1月の自主トレ公開時には、背中側の筋肉を鍛えたことで腕の振りに変化を感じていることも明かしていた。従来の練習をただ繰り返すのではなく、身体の状態に合わせてトレーニングを組み直したことが復活の土台となった。

2. 鈴木昭汰とのキャッチボールで準備を継続

2026年の益田は、試合前練習でのキャッチボールにも変化を加えた。

前年までは登板間隔が空いた際にキャッチボールを行っていたが、2026年は登板予定がない日も含め、試合前のキャッチボールを欠かさないようにした。

そのパートナーとなったのが、同じロッテの左腕・鈴木昭汰だ。益田はキャッチボールの強弱が似ていることを理由に挙げており、鈴木にとっても経験豊富な先輩の調整方法を学ぶ機会になっていた。

救援投手は登板日が一定ではない。連投する日もあれば、数日間マウンドから遠ざかることもある。そのため、登板がない日の身体の準備も実戦でのパフォーマンスを左右する。益田の取り組みは、ベテラン救援投手にとってのコンディショニングの重要性を示している。

3. 奪三振型から打たせて取る投球へ

数字の面で特に興味深いのが、奪三振率と与四球率の変化だ。

2025年は与四球率が3.48まで上昇し、本来の制球力を発揮できなかった。一方、2026年は8月26日時点の分析で与四球率2.87まで改善している。

加えて、同時点の奪三振率は5.17。これは益田のプロ生活の中でも低い水準だった。つまり、2026年の復調は三振を大量に奪う従来型の投球に戻った結果ではない。

パ・リーグ インサイトの分析では、益田は打者を打ち取る投球へシフトし、制球力を改善させている。被BABIPも2025年の.290から2026年8月26日時点で.223へと低下した。

被BABIPは本塁打を除くインプレー打球が安打になる割合で、守備や運の影響も受ける。そのため、この数字だけで投手の実力を判断することはできない。しかし、球速の回復、制球の改善、打たせて取る投球がかみ合ったことは、復調を読み解く重要な材料になる。

数値は2026年8月26日時点の分析。シーズン終了時の公式成績とは集計時点が異なる。

復活の本質は、全盛期と同じ投球を無理に再現することではなく、現在の身体と能力に合った投球へ適応したことにある。

奪三振数が減っても、四球を減らし、打球をコントロールしながらアウトを重ねられれば、救援投手としての価値は維持できる。益田の2026年は、ベテラン投手のモデルチェンジを示すシーズンだった。

【ロッテの抑え投手】益田直也の役割はどう変わった?

益田は長年、千葉ロッテマリーンズの守護神としてチームを支えてきた。しかし、2026年の役割は以前とは異なっていた。

開幕からは大量リードの試合やビハインドの場面など、従来のクローザーとは異なる状況で登板する機会が多かった。チームの抑えを務めていたのは横山陸人であり、益田は与えられた登板機会で結果を残す立場だった。

守護神からチームを支える救援投手へ

ベテラン投手にとって、役割の変化を受け入れることは簡単ではない。長年クローザーとして9回を任されてきた投手であれば、登板する場面や準備の方法にもこだわりがあるはずだ。

しかし、益田はチームの勝利を優先し、ビハインドの場面でもマウンドに上がった。大量リードの場面でも失点を防ぐことが、次の試合やチーム全体のブルペン運用につながるからだ。

2026年7月10日のオリックス戦では、今季初めてセーブシチュエーションで登板し、今季初セーブを記録。これが通算249セーブ目となった。

7月25日には同点の6回に登板して無失点。翌26日もピンチの場面で登板し、無失点に抑えた。こうした結果を重ね、8月4日の250セーブへとつなげていった。

つまり、250セーブは単に過去の実績だけで達成したものではない。2026年に新しい役割を受け入れ、与えられた場面で結果を出したことも、記録到達までの重要な過程だった。

ロッテ一筋15年を貫いた理由

益田は2011年のドラフトで入団して以来、千葉ロッテ一筋でプレーしている。2019年には国内FA権を取得したが、権利を行使せずチームに残留した。

当時から掲げていた目標は、ロッテでリーグ優勝することだった。2026年8月の報道でも、個人記録よりチームの優勝を重視する姿勢が紹介されている。

通算250セーブ、800試合登板、2度の最多セーブ受賞という実績を持ちながら、個人の数字だけでキャリアを評価しない。長年所属するチームで優勝を目指す姿勢も、益田という投手を理解するうえで要点だ。

【通算成績を分析】益田直也は歴代の救援投手と何が違う?

益田の通算成績を評価する際、250セーブという数字だけに注目するのは十分ではない。救援投手としての登板数、ホールド数、継続的な出場実績を合わせて見る必要がある。

250セーブだけでは見えない800試合登板の価値

クローザーはチームがリードした最終盤に登板することが多い。一方、セットアッパーは勝ち試合の中盤から終盤にかけて登板し、リードを守る役割を担う。

益田はキャリア初期にセットアッパーとして活躍し、その後クローザーへと転向した。2012年の41ホールド、2013年の33セーブという実績が、その役割の変化を端的に表している。

通算178ホールド、250セーブという数字は、単一の役割に固定されず、チームの事情に応じて救援投手として仕事をしてきたことを示している。

また、2012年から2026年まで11度にわたり年間50試合以上に登板した実績もある。800試合という到達点は、一時的な好調だけでは生み出せない。長期間にわたって一軍の救援陣に必要とされてきた証拠だ。

2026年の成績をどう評価すべきか

2026年の防御率3.43は、2025年の4.35から0.92ポイント改善した数字だ。ただし、2024年の2.59や、2021年の2.24と比較すれば、全盛期と同等の数字に戻ったわけではない。

また、2026年は40試合、39回1/3の登板だった。救援投手のシーズン評価では防御率だけでなく、登板状況、走者を背負った場面での投球、四球の割合、被本塁打などを総合的に見る必要がある。

したがって、益田の2026年を「完全復活」と一言で片付けるよりも、前年の不振から立て直し、役割の変化に適応しながら大記録を達成したシーズンと評価するのが実態に近い。

【プロの結論】益田直也の実績から見える本当の価値

益田直也のキャリアには、救援投手という専門性の高いポジションで長く生き残るための要素が詰まっている。

特に重要なのは、次の3点だ。

第一に、役割を変えられる柔軟性。 セットアッパーからクローザーへ、そして再び状況に応じた救援投手へ。自分の役割に固執せず、チームが必要とする場所で投げる姿勢が800試合登板につながった。

第二に、身体の変化を受け入れる適応力。 2025年の不振を受け、ウエートトレーニングや投球準備の見直しに取り組んだ。従来の方法を守ることよりも、現状に合った方法を選択した点が興味深い。

第三に、数字を積み重ねる継続力。 新人時代の72試合登板から始まり、250セーブ、800試合登板へと到達した。1年の活躍だけではなく、15年間にわたって一軍で登板し続けたことに価値がある。

また、益田の記録を見る読者が押さえておきたい判断基準は、次の通りだ。

- 250セーブはNPBの名球会入会基準を満たす歴史的な記録。
- 800試合登板は救援投手としての長期的な稼働実績を示す。
- 2026年の防御率3.43は前年からの改善を示すが、全盛期の成績と同一視はできない。
- 奪三振率だけではなく、与四球率や被BABIPなど複数の指標を合わせて見る必要がある。
- クローザーとしての実績と、現在のチーム内での役割は分けて評価する必要がある。

250セーブという数字はゴールであると同時に、長年のキャリアを振り返る節目でもある。益田の評価を考えるなら、記録の大きさだけでなく、その記録に至るまでの役割の変化と復調への取り組みまで見ることが大切だ。

【益田直也の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:益田直也は2026年現在何歳ですか?
A1:1989年10月25日生まれで、2026年11月6日時点では37歳です。千葉ロッテマリーンズに所属しています。

Q2:益田直也は250セーブをいつ達成しましたか?
A2:2026年8月4日の埼玉西武ライオンズ戦です。NPB史上5人目、ロッテ球団史上初の通算250セーブを達成しました。

Q3:益田直也は名球会に入れますか?
A3:通算250セーブは名球会の入会基準の一つです。益田は2026年8月4日にこの基準を満たし、平成生まれの投手として初めて到達しました。

Q4:益田直也の800試合登板はいつ達成されましたか?
A4:2026年8月26日の福岡ソフトバンクホークス戦です。NPB史上9人目の記録となりました。

Q5:益田直也の2026年の防御率はいくつですか?
A5:NPB公式の2026年シーズン終了時点の成績では3.43です。前年の4.35から改善しています。

Q6:益田直也が復活した理由は何ですか?
A6:ウエートトレーニングの導入、肩や肘の準備を早める取り組み、試合前のキャッチボールの継続などが挙げられます。投球面でも制球力を改善し、打たせて取るスタイルへの移行が復調につながりました。

Q7:益田直也の新人時代の記録は何ですか?
A7:2012年に72試合へ登板し、NPBの新人最多登板記録を樹立しました。41ホールド、防御率1.67を記録し、新人王にも輝いています。

益田直也は2026年、通算250セーブと800試合登板という2つの大記録を達成した。2025年の防御率4.35という不振を乗り越え、2026年は防御率3.43まで改善。37歳になっても投球スタイルや身体づくりを見直し、救援投手としての価値を示した。

2012年の新人最多登板記録から、2013年と2021年の最多セーブ、そして2026年の名球会基準到達と800試合登板。15年間にわたってロッテのブルペンを支えてきたキャリアは、数字だけでは語り尽くせない。

今後の注目点は、さらなる通算登板数の更新と、チーム内でどのような役割を担うかだ。守護神としての実績を持ちながら、必要とされる場面で腕を振る益田の姿勢は変わらない。

250セーブは偉大な到達点であり、800試合登板は長年の信頼の証しだ。2026年の益田直也を評価するうえでは、この2つの記録と、そこへ至るまでの復活劇をセットで捉えることが欠かせない。

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メーカー公式スペックシートと実機検証を突き合わせて評価。ベンチマークは測定条件を明記し、自前計測値と公表値を区別して記載します。

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