元K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者の卜部弘嵩(うらべ・ひろたか)さんは、2022年に現役を引退した後、格闘技とは異なる物流業界に活躍の場を移しました。2026年現在は、物流・運送事業を中心とする経営活動に取り組んでいます。妻はモデル・俳優の高橋ユウさんで、弟は同じく世界王者となった元キックボクサーの卜部功也さんです。
注目したいのは、単純に「元K-1選手が物流会社の社長になった」という話ではありません。卜部さんは現役時代から物流事業を準備し、引退前には倉庫業務とトレーニングを並行。会社経営では急拡大による苦境も経験しています。さらに2025年以降は経営体制にも変化があり、2026年には株式会社三道の代表取締役として新たな事業展開が確認できます。
【2026年最新】卜部弘嵩は現在何をしている?物流会社の経営者としての活動
卜部弘嵩さんの現在の仕事は、物流・運送事業の経営です。
現役時代の華やかなリングとは異なり、現在は倉庫管理、物流加工、運送事業、営業、事業戦略など、企業経営に関わる仕事に取り組んでいます。
マルト便運輸倉庫を立ち上げ、物流業界へ卜部さんが引退後の仕事として選んだのが、千葉県を拠点とするマルト便運輸倉庫株式会社です。
2024年7月の物流専門紙「物流ウィークリー」の報道によると、同社は現役時代の後援者らの協力も受けて設立され、倉庫事業や物流加工事業を展開していました。
同報道では、当時の売上高は直近で約4億5,000万円、取り扱う倉庫の規模は首都圏で1万坪を超えていたと紹介されています。元世界王者が未経験の業界に飛び込み、事業を拡大していたことが分かります。
さらに2025年6月8日、集英社オンラインが掲載した本人インタビューでは、同社の経営状況について詳しい説明がありました。
2025年の報道で判明した代表取締役の肩書きの変化ここには重要な経緯があります。
2025年の集英社オンラインの記事前半では、卜部さんをマルト便運輸倉庫の代表取締役として紹介しています。しかし、同記事の後半で本人は、父親に社長業を引き継ぎ、自身は同社の代表取締役を退任したと説明しています。
つまり、2025年6月時点では、マルト便運輸倉庫の代表取締役という肩書きはすでに変更されていました。ただし、会社との関係がなくなったわけではありません。本人の説明では、経営や現場戦略、商談などには引き続き深く関わっていました。
2026年は株式会社三道の代表取締役としても活動さらに2026年の企業情報や求人掲載を確認すると、卜部さんは株式会社三道の代表取締役として紹介されています。
同社の求人情報では、千葉県野田市の拠点を中心に、トラックドライバーやユニックドライバーを募集。建設資材輸送や一般貨物輸送などの事業展開が掲載されています。企業情報データベースでは、2026年8月から建設関連車両の一般貨物運送事業を本格始動する計画も紹介されています。
したがって、2026年現在の卜部さんの仕事を理解するには、マルト便運輸倉庫の創業者としての歩みと、その後の経営体制の変更、株式会社三道での新たな事業展開を分けて考える必要があります。
「マルト便の代表取締役」という過去の肩書きだけで現在の立場を説明するのは正確ではありません。物流事業の経営者として活動を続けながら、新しい会社・事業にも取り組んでいるというのが、2026年の公開情報から読み取れる姿です。
【格闘家としての経歴】60戦37勝18KO!引退までの軌跡を時系列で整理
卜部弘嵩さんは1989年5月13日生まれ。2026年11月時点で37歳です。
K-1公式プロフィールに掲載されている戦績は、60戦37勝(18KO)20敗3分。スーパー・フェザー級を中心に活躍し、KrushとK-1の両方で世界的なタイトルを獲得しました。
7歳で空手を始め、18歳でプロデビュー格闘技を始めたのは7歳の頃です。空手を通じて技術を磨き、17歳のときには第18回全日本新空手道選手権大会「K-2 GRAND PRIX」で最年少優勝を達成しました。
翌年の18歳でプロキックボクサーとしてデビュー。早い段階から実績を積み重ね、2011年にはKrushのスーパー・フェザー級で初代王者に輝きました。
卜部弘嵩の主な経歴・人物関係一覧| 時期 | 人物・出来事 | 主な実績・関係 |
|---|---|---|
| 1989年 | 卜部弘嵩誕生 | 5月13日生まれ |
| 7歳 | 空手を開始 | 格闘技人生のスタート |
| 17歳 | K-2 GRAND PRIX | 最年少優勝 |
| 18歳 | プロデビュー | キックボクサーとして活動開始 |
| 2011年 | Krush | 初代スーパー・フェザー級王者 |
| 2015年1月 | 弟・卜部功也との対戦 | K-1初代王座決定トーナメント決勝で判定負け |
| 2015年11月 | 弟・卜部功也との再戦 | 3回KO勝利、第2代K-1王者に |
| 2017年2月 | 高橋ユウとの出会い | K-1観戦が交際のきっかけ |
| 2018年 | 高橋ユウと結婚 | 7月公開プロポーズ、10月入籍 |
| 2022年2月 | 現役最後の試合 | 島野浩太朗戦でKO負け |
| 2022年9月 | 引退セレモニー | K-1横浜アリーナ大会で実施 |
| 2025年 | マルト便の経営体制変更 | 父親に社長業を引き継いだと本人が説明 |
| 2026年 | 株式会社三道 | 代表取締役として事業展開が確認できる |
この経歴で特に注目されるのは、K-1の王座を獲得するまでに弟との対戦を経験していることです。単に勝ち続けた選手ではなく、敗北を経験し、再戦で結果を変えた選手でもありました。
K-1 WORLD GPとKrushで獲得したタイトル卜部さんの主なタイトルは次のとおりです。
- 第2代K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者
- 初代・第4代Krushスーパー・フェザー級王者
- ISKA世界スーパーライト級王者
- 初代K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王座決定トーナメント準優勝
- 第3代K-1 WORLD GPフェザー級王座決定トーナメント第3位
Krushでは初代・第4代王者となり、合計5度の防衛に成功しています。K-1だけでなく、複数の大会・団体で実績を残した点も評価されています。
なお、K-1公式プロフィールではKrushの旧称である「-60kg級」に相当する階級は、現在のスーパー・フェザー級として整理されています。
【引退の経緯】卜部弘嵩はなぜ2022年にK-1を引退した?
卜部さんの現役生活に区切りがついたのは2022年です。
最後の試合は、2022年2月27日にK-1東京体育館大会で行われた島野浩太朗選手とのスーパーファイトでした。
最後の試合は島野浩太朗戦島野選手との対戦は、過去のKrushタイトルマッチでも実現していたカードです。2014年11月の第4代Krush -60kg級王座決定戦では、卜部さんが島野選手に勝利して王座を獲得しています。
約7年3カ月を経て再び実現した対戦は、両者にとって因縁のある一戦でした。
しかし、2022年の再戦では3ラウンド2分51秒にKO負け。K-1公式プロフィールにも、この試合が現役最後の試合として記録されています。
引退セレモニーは2022年9月11日最後の試合を経て現役引退を発表した卜部さんは、同年9月11日のK-1横浜アリーナ大会で引退セレモニーを行いました。
7歳から続けてきた格闘技人生に、15年に及ぶプロ生活の節目を迎えた形です。
注目したいのは、引退後の仕事を現役時代から準備していたことです。2025年の集英社オンラインのインタビューでは、引退試合の約1年前から試合を計画し、セカンドキャリアについても考えていたと明かしています。
つまり、引退後に突然仕事を探し始めたわけではありません。競技生活の終わりを見据えながら、次の人生に向けた準備を進めていたのです。
【弟・卜部功也との関係】兄弟でK-1世界王座を争った名勝負
卜部弘嵩さんを語るうえで欠かせない人物が、実弟の卜部功也さんです。
功也さんも世界タイトルを獲得した実力者で、兄弟そろってK-1のトップ選手として活躍しました。
2015年1月は弟・功也が兄を破って初代王者に2015年1月18日、K-1 WORLD GP -60kg初代王座決定トーナメントの決勝で、弘嵩さんと功也さんが対戦しました。
兄弟が世界タイトルを懸けて戦うという異例のカードです。
試合は功也さんが判定3対0で勝利。初代王者の座を獲得しました。兄の弘嵩さんにとっては悔しい結果でしたが、世界の頂点を争う兄弟対決として大きな注目を集めました。
2015年11月、兄が3回KOでリベンジ同年11月21日、両者はK-1 WORLD GPの60kg級タイトルマッチで再戦します。
このときは兄の弘嵩さんが3回2分14秒にKO勝利。弟から王座を奪い、第2代K-1スーパー・フェザー級王者となりました。
日刊スポーツの当時の報道によると、弘嵩さんは試合前に右ふくらはぎの筋肉を断裂していたにもかかわらず、試合に臨んでいました。勝利後にはリング上で涙を見せる場面もありました。
1月に敗れた相手に、同じ年の11月に勝って世界王座を獲得する。この展開は、卜部兄弟のキャリアを象徴する出来事のひとつです。
なお、兄弟対決があったからといって、現在の兄弟仲について特別な問題があると判断できる情報はありません。公に確認できるのは、両者が競技者として真剣勝負を繰り広げ、それぞれ世界王者になったという実績です。
【妻・高橋ユウとの結婚】馴れ初めはK-1観戦!公開プロポーズの舞台裏
卜部弘嵩さんの妻は、モデル・俳優として活動する高橋ユウさんです。
2人の出会いは2017年2月。格闘技の試合会場が、後に夫婦となる2人の出会いの場所になりました。
2017年2月、高橋ユウが卜部弘嵩に一目惚れ当時、高橋ユウさんは姉の高橋メアリージュンさんに誘われ、初めてK-1を観戦しました。
その試合でリング上の卜部さんに一目惚れしたことが、2人の関係の始まりです。
一方の卜部さんも、好きな女性のタイプを聞かれた際に高橋ユウさんの名前を挙げていたと、2025年の集英社オンラインのインタビューで振り返っています。
その後、食事を重ね、卜部さんからの告白によって交際がスタート。2人は同棲生活を送るようになりました。
2018年7月22日『行列のできる法律相談所』で公開プロポーズ2人の結婚が大きな話題になったのが、日本テレビ系『行列のできる法律相談所』です。
2018年7月22日の放送で、卜部さんはタキシード姿でスタジオに登場。高橋さんに手紙で思いを伝え、番組内で公開プロポーズを行いました。
「ユウちゃん、僕と結婚してください」
突然のプロポーズに高橋さんは涙を流しながら「お願いします」と返答。婚約指輪を受け取り、結婚を承諾しました。
この場面は日本テレビの番組関連情報や、当時の芸能ニュースでも紹介されています。高橋さんが初めてK-1を観戦したことから始まった恋愛が、テレビ番組での公開プロポーズにつながったのです。
2018年10月に入籍、2019年に2度の挙式2人は2018年10月に婚姻届を提出しました。
その後、2019年5月18日にはハワイのザ・カハラ・ホテル&リゾートで挙式。さらに同年7月14日にはホテル雅叙園東京で結婚式と披露宴を行いました。
ハワイでの挙式には、弟の卜部功也さんや高橋メアリージュンさんら家族も出席。家族に囲まれた温かな式として報じられました。
2人の子どもにも恵まれ、家庭と仕事を両立2025年6月の集英社オンラインのインタビューでは、卜部さんは高橋さんとの間に2人の息子がいる父親として紹介されています。
同インタビューでは、妻が地方で仕事をする際には自分のスケジュールを調整し、育児を分担していることも語っています。
また、高橋さんのYouTubeチャンネルで紹介される育児の様子にも触れ、子どもを見ながら料理や洗濯、掃除をする大変さを実感したと話しています。
格闘家から経営者へと生活が変わった現在も、家庭での役割を大切にしている様子がうかがえます。
【引退後の実態】物流業界に転身した理由と社長として経験した苦労
卜部弘嵩さんのセカンドキャリアで興味深いのは、格闘技と物流業界が一見まったく異なる仕事であることです。
なぜ世界王者が物流業界を選んだのでしょうか。
物流業界を選んだ理由は父親の仕事2025年の集英社オンラインの取材で、卜部さんは物流業界を選んだ背景について説明しています。
父親がトラック運転手として働いており、子どもの頃からトラックに乗る機会があったことが、物流業界に対する関心につながったそうです。
当初は格闘技の世界に残ることも考え、後進育成を希望していました。実際に弟の卜部功也さんが運営するジムで、空手やキックボクシングの指導を試したこともあります。
しかし、自分が感覚的にできる技術を生徒に理論的に説明することに難しさを感じ、別の道を模索することになりました。
そこで、以前から関心のあった物流業界に挑戦する決断をしたのです。
現役時代から倉庫業務とトレーニングを両立物流事業の準備は、現役引退後に始まったものではありません。
集英社オンラインの取材によると、卜部さんは千葉県柏市で220坪の倉庫を借り、当時の預金の大半を投入して事業を始めました。
現役最後の1年間は、朝に倉庫で入荷対応を行い、午後には東京へ戻ってトレーニングするという生活を送っていたといいます。
物流業務は、メーカーから預かった商品を保管し、必要に応じて出荷する仕事です。検品やラベル貼りなどの物流加工も行います。
格闘技の練習時間を確保しながら、同時に新しい事業を立ち上げる。その行動力は、現役時代の競技に対する姿勢にも通じるものがあります。
事業拡大の裏側には経営上の苦境もあった事業は当初、順調に拡大しました。
220坪の倉庫からスタートした後、2660坪の倉庫を借り、さらに半年後には2400坪の倉庫を追加。一時期は山梨県や静岡県にも物流拠点を展開しました。
しかし、急激な拡大は新たな問題を生みました。
社員数が増える一方で教育や管理が追いつかず、経営経験や物流知識の不足も表面化。本人は2025年の取材で、会社の存続すら危うい時期があったと振り返っています。
当時は社員30人に加え、パート・アルバイト・派遣社員が約140人稼働していた時期もありました。
その後、外部委託の活用や固定費の見直しなどを進め、組織をコンパクト化。2025年6月の取材時点では、社員10人の体制で直近売上は約7億円と説明していました。
この変化は、元格闘家の経営者としての成長を考えるうえで重要です。競技では自分自身の結果が中心になりますが、会社経営では従業員やその家族、取引先まで含めた責任を負うことになります。
格闘家のセカンドキャリアとして物流を提案卜部さんは、格闘技で培った体力や精神力を物流業界でも生かせると考えています。
「格闘技界のセカンドキャリアには物流が待ってる」
これは2025年の集英社オンラインの取材で語られた考え方です。
物流業界には、倉庫作業や荷物の積み下ろし、配送など、体力や責任感を生かせる仕事があります。現役選手が午前中だけ勤務するなど、競技活動と仕事を両立できる可能性にも言及していました。
加えて、物流事業だけでなく、物流分野に特化した人材派遣事業「株式会社MARUTO WORKER」の強化や、運送会社との資本提携なども構想として挙げています。
2026年には株式会社三道の代表取締役として運送事業を展開する動きも見られます。引退後の仕事が単なる転職にとどまらず、物流を軸とした事業づくりへ発展している点が特徴です。
【卜部弘嵩の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:卜部弘嵩は現在何の仕事をしていますか?
A1:物流・運送事業の経営に携わっています。マルト便運輸倉庫を創業した後、2025年の本人取材では同社の代表取締役を退任し、父親に社長業を引き継いだと説明しています。2026年の企業情報や求人情報では、株式会社三道の代表取締役としても紹介されています。
Q2:卜部弘嵩がK-1を引退したのはいつですか?
A2:2022年です。最後の試合は同年2月27日の島野浩太朗戦で、9月11日にK-1横浜アリーナ大会で引退セレモニーが行われました。
Q3:卜部弘嵩の戦績は何勝何敗ですか?
A3:K-1公式プロフィールによると、通算60戦37勝(18KO)20敗3分です。第2代K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者や初代・第4代Krushスーパー・フェザー級王者などの実績があります。
Q4:卜部弘嵩と高橋ユウの馴れ初めは何ですか?
A4:2017年2月、高橋ユウさんが姉の高橋メアリージュンさんに誘われて初めてK-1を観戦したことがきっかけです。高橋さんが卜部さんに一目惚れし、その後、食事を重ねて卜部さんからの告白で交際が始まりました。
Q5:卜部弘嵩と卜部功也は兄弟ですか?
A5:はい。卜部功也さんは実弟です。2015年にはK-1の60kg級世界タイトルを懸けて2度対戦し、1月は功也さん、11月は弘嵩さんが勝利しました。
卜部弘嵩さんは、2022年にK-1を引退した後、物流業界に活動の中心を移しました。
その歩みを振り返ると、単に世界王者の肩書きを生かして会社を立ち上げたという話ではありません。現役時代から倉庫事業を準備し、引退前には競技と経営を並行。事業の急拡大による経営危機も経験し、組織の見直しや経営体制の変更を経て、新しい事業展開に取り組んでいます。
また、妻の高橋ユウさんとの結婚生活や、弟の卜部功也さんとの兄弟対決も、彼の人生を語るうえで欠かせない要素です。
【プロの結論】
卜部弘嵩さんのセカンドキャリアを理解するうえで重要なのは、「現在の肩書き」と「これまでの事業経歴」を混同しないことです。
特にマルト便運輸倉庫については、2025年6月の本人インタビューで代表取締役を退任したことが明らかになっています。一方、2026年には株式会社三道の代表取締役として新たな運送事業に取り組む情報が確認できます。この時系列を押さえることで、現在の仕事をより正確に理解できます。
格闘家として60戦37勝を積み重ねた経験は、物流業界での挑戦にもつながっています。リングを降りた後も、経営者として新しい勝負を続けている。それが2026年現在の卜部弘嵩さんの姿です。
今後は株式会社三道の事業展開や、格闘技経験者のセカンドキャリア支援にどのような成果を生み出すのかにも注目が集まります。
主な事実確認資料: K-1公式プロフィール・試合記録、集英社オンラインの2025年6月8日掲載インタビュー、物流ウィークリー、日本テレビの番組情報、日刊スポーツ、2026年の企業・求人情報。