2026年11月現在、競歩の日本代表として活躍する川野将虎(かわの・まさとら)選手は、新たな歴史を刻んでいる。2026年10月25日に開催された全日本競歩高畠大会の男子マラソン競歩で、2時間55分14秒の世界記録を樹立。男子マラソン競歩の初代世界記録保持者となった。1998年生まれの28歳で、旭化成陸上部に所属する川野選手は、東京2020・パリ2024の両オリンピックを経験し、世界陸上でも銀・銅メダルを獲得してきたトップアスリートだ。
一方、2025年の東京世界陸上では35km競歩で18位となり、レース後には脱水症状や体調不良に見舞われたことも話題になった。その後の回復状況や2026年の競技成績はどうなっているのか。旭化成、日本陸上競技連盟、World Athletics、東洋大学などの公式情報と本人のコメントをもとに、プロフィール、学歴、競技歴、世界記録、最新の活動まで整理する。
【2026年最新】川野将虎の現在は?旭化成で競技活動を継続
川野将虎選手は2026年11月6日現在も、旭化成陸上部に所属する現役の競歩選手だ。競技から離れたという事実はなく、2026年はハーフマラソン競歩での優勝に続き、マラソン競歩でも世界記録を樹立している。
特に大きなニュースとなったのが、10月25日に山形県高畠町で開催された第63回全日本競歩高畠大会だ。男子マラソン競歩で川野選手は42.195kmを歩き、2時間55分14秒で優勝。世界陸連が定めた世界記録認定基準を突破し、この種目の男子初代世界記録保持者となった。
World Athleticsの大会レポートでも、川野選手が男子マラソン競歩の初代世界記録保持者になったことが報告されている。35km競歩の元世界記録保持者が、新しい距離でも世界の頂点に立ったという点で、競歩界にとって大きな転換点となった。
また、旭化成の公式試合予定には、2026年11月29日開催予定の第30回ひろしま県央競歩大会2026にも川野選手の名前が掲載されている。池田向希選手とともに出場予定選手として紹介されており、今後も国内競歩大会での活動が見込まれる。ただし、出場予定は変更される場合がある。
2026年の活動を整理すると、東京世界陸上後の再起にとどまらず、新種目への適応と記録更新を着実に進めていることが分かる。
川野将虎選手は1998年10月23日生まれ。2026年11月現在28歳だ。出身地は宮崎県で、競技歴や学歴をたどると、静岡県の学校で陸上競技に取り組み、東洋大学を経て旭化成に入社した経歴を持つ。
川野将虎の基本プロフィール| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 川野将虎(かわの・まさとら) |
| 生年月日 | 1998年10月23日 |
| 年齢 | 28歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 宮崎県 |
| 出身中学校 | 小山須走中学校(静岡県) |
| 出身高校 | 御殿場南高校(静岡県) |
| 出身大学 | 東洋大学総合情報学部総合情報学科 |
| 大学卒業 | 2021年3月 |
| 所属 | 旭化成株式会社・旭化成陸上部 |
| 専門種目 | 競歩 |
| 主な実績 | 35km競歩元世界記録、50km競歩日本記録、マラソン競歩初代世界記録 |
これらの基本情報は、日本陸上競技連盟の選手プロフィール、旭化成の公式選手紹介、東洋大学の卒業生紹介で確認できる。特に東洋大学は、川野選手が総合情報学部総合情報学科を2021年3月に卒業したことを公表している。
また、2023年にはブダペスト世界陸上の男子35km競歩で銅メダルを獲得した功績をたたえ、東洋大学から学校法人東洋大学理事長賞が贈られた。大学卒業後も競技者として成長を続け、世界大会で結果を残してきたことがうかがえる。
宮崎県出身なのに静岡県の学校に通っていた理由は?日本陸連のプロフィールでは出身地が宮崎県とされる一方、出身中学校と高校は静岡県の学校が記載されている。
具体的には、小山須走中学校から御殿場南高校へ進学し、その後、東洋大学に進んだ。出身地と学校所在地が異なるため、プロフィールを調べる際には混同しないようにしたい。
競技者としての基礎を築いた静岡県時代は、川野選手にとって重要な時期だった。特に高校時代の競歩との出会いが、その後のオリンピック出場や世界記録樹立につながっている。
【競技歴・経歴】卓球部から世界トップの競歩選手になるまで
川野将虎選手の競技人生で興味深いのは、最初から競歩を目指していたわけではないことだ。
東京都のスポーツ情報サイト「TOKYO FORWARD 2025」に掲載された本人インタビューによると、中学生時代は卓球部に所属していた。高校では陸上部に入り、当初は長距離種目を希望していたという。
競歩を始めたきっかけは顧問の先生のエントリー高校1年生のインターハイ予選を前に、川野選手は5000mへの出場を希望していた。しかし、実際のエントリーは5000m競歩になっていた。
本人は顧問に間違いを伝えたものの、競歩も走りにつながるから挑戦してみるよう勧められたという。競歩の練習を初めて行ったのは、試合のわずか3日前だった。
最初の大会では大差の最下位。本人も競歩に向いていないと感じ、辞めようと考えたそうだ。しかし、上位選手2人が失格となったことで8位に繰り上がり、県大会への出場権を獲得した。
その後、タイムが伸びていくにつれて競歩特有の技術的な面白さに魅了されていった。単純に速く移動するだけではなく、定められたフォームを守りながらスピードを追求することに競技の魅力を感じたという。
偶然のエントリーが世界トップ選手への第一歩になったという経緯は、川野選手のキャリアを象徴するエピソードだ。
オリンピックと世界陸上で積み重ねた実績高校時代から頭角を現した川野選手は、東洋大学進学後も競歩に取り組み、2019年には50km競歩で日本記録を樹立した。
2021年の東京オリンピックでは男子50km競歩で6位入賞。2022年のオレゴン世界陸上では男子35km競歩で銀メダル、2023年のブダペスト世界陸上では同種目で銅メダルを獲得した。
2024年のパリオリンピックでは、岡田久美子選手と組んだ男女混合競歩リレーで8位に入賞。個人の長距離競歩だけでなく、新しい形式の団体種目にも対応してきた。
旭化成の公式戦績と日本陸連の記録を照らし合わせると、川野選手の強みは長距離への適応力と、種目変更に対応する柔軟性にある。
【競歩戦績・日本記録】50km競歩と35km競歩の実績を検証
川野将虎選手の競技実績を語るうえで欠かせないのが、50km競歩と35km競歩の記録だ。
2019年に樹立した50km競歩の日本記録は、3時間36分45秒。さらに2024年には35km競歩で2時間21分47秒を記録し、当時の世界記録を更新した。
50km競歩の日本記録は3時間36分45秒2019年10月27日、山形県高畠町で行われた全日本競歩高畠大会で、川野選手は50km競歩を3時間36分45秒で完歩した。
この記録は日本記録として登録されている。20歳の若さで長距離競歩の日本トップに立ったことは、その後の国際大会での活躍を予感させる成果だった。
50km競歩は長時間にわたりフォームを維持する必要がある過酷な種目であり、体力だけでなくペース配分や技術の安定性も求められる。東京オリンピックでの6位入賞にも、この時期に培った長距離適性が生かされた。
35km競歩では2024年に世界記録を樹立2024年10月27日の全日本35km競歩高畠大会兼日本選手権では、川野選手が2時間21分47秒を記録して優勝した。
このタイムは当時の世界記録であり、アジア記録と日本記録も同時に更新する快挙だった。日本陸連の派遣設定記録も突破し、東京2025世界陸上への代表入りを決めている。
ただし、35km競歩の世界記録は、その後エバン・ダンフィー選手やマッシモ・スタノ選手らによって更新された。川野選手自身も東京都のインタビューで、競歩界全体のレベルが上がり、記録が更新されたことへの悔しさと、挑戦者として再び戦えることへの前向きな気持ちを語っている。
したがって、2026年現在の川野選手を紹介する際には、35km競歩の「世界記録保持者」ではなく、元世界記録保持者と表現するのが適切だ。
【東京2025世界陸上】18位の結果と熱中症・回復までの経緯
川野将虎選手にとって、2025年9月の東京世界陸上は大きな期待を背負った大会だった。
2024年に35km競歩の世界記録を樹立していたことから、地元開催の世界陸上でもメダル獲得が期待されていた。しかし、男子35km競歩決勝では2時間37分15秒で18位という結果に終わった。
序盤は先頭集団、後半に脱水症状で失速2025年9月13日に行われた男子35km競歩決勝では、川野選手は序盤から勝木隼人選手らとともに先頭付近でレースを進めていた。
日本陸上競技連盟が大会後に掲載した本人コメントによると、序盤から中盤にかけては余裕があり、金メダルを狙える位置でレースを展開していたという。
ところが、中盤以降に気温が上昇すると、身体に熱がこもり始めた。20kmを超えたあたりから熱を逃がせず、27km地点では嘔吐。30kmを過ぎると脱水症状によって身体が動かなくなり、最後まで歩き続けることに精いっぱいの状態になった。
結果は18位。本人も一時は金メダルが見える位置にいたことから、悔しさが残るレースだったと振り返っている。
レース後の体調は回復した?本人が明かした状況レース後には医務室スタッフによる処置を受けた。熱中症による体調不良として注目されたこの出来事について、本人は日本陸連の公式コメントで次のように説明している。
「その後も脱水の症状で力が入らなくなっていってしまいました。その後医務室スタッフの方々に適切な処置をしていただき、体調は回復しました。」
このコメントから分かるのは、レース中に身体に熱がこもり、嘔吐や脱水症状が発生したものの、大会スタッフの処置を受けて回復したということだ。
本人は加えて、東京の観客から受けた声援についても感謝を伝えている。先頭集団でメダルを争っていたときも、終盤に失速したときも、応援が歩き続ける原動力になったという。
旭化成の公式プロフィールに掲載された選手Q&Aでも、2025年の東京世界陸上を最も印象に残った大会として挙げている。メダルには届かなかったものの、自国開催の大声援の中で歩けた経験は特別であり、その声援を糧に今も競技に取り組んでいると語っている。
つまり、東京2025の18位は競技生活の終わりではなかった。体調不良から回復し、翌2026年には新種目で優勝と世界記録を達成している。
【2026年の大記録】マラソン競歩の初代世界記録保持者に
2026年の川野選手を語るうえで最も重要なのが、競歩の種目変更と、それに伴うマラソン競歩への挑戦だ。
World Athleticsは競歩の国際的な標準距離を変更し、従来の20kmをハーフマラソン競歩(21.0975km)、35kmをマラソン競歩(42.195km)へ移行した。新しい距離は2026年からシニアの国際大会で本格的に適用されている。
この変更は単なる距離の延長ではない。これまで35kmや20kmを中心に組み立ててきた選手にとって、トレーニング、ペース配分、レース戦略を新しい距離に適応させる必要がある。
2026年3月の能美競歩でハーフマラソン優勝川野選手は2026年3月15日、石川県で開催された第50回全日本競歩能美大会の男子ハーフマラソン競歩に出場した。
記録は1時間21分52秒。勝木隼人選手らを抑えて優勝し、新しい距離でも高い競技力を示した。
日本陸連の選手プロフィールにも、この1時間21分52秒が2026年3月の自己ベストとして掲載されている。35kmや50kmだけでなく、ハーフマラソン競歩にも対応できることを証明した大会だった。
10月25日、高畠大会で2時間55分14秒の世界記録そして10月25日、山形県高畠町で開催された第63回全日本競歩高畠大会で、川野選手は男子マラソン競歩に出場した。
この種目は42.195km。大会は北京2027世界陸上の日本代表選考競技会も兼ねていた。
レース序盤は勝木隼人選手を中心とした先頭集団で進み、川野選手もその集団に加わった。終盤、残り約8kmの地点で川野選手がペースを引き上げ、勝負を仕掛ける。
日本陸連の大会レポートによると、川野選手は35.195km地点を2時間27分37秒で通過。その後の周回では1km3分52秒という高速ラップも記録し、後続を引き離していった。
最終的な記録は2時間55分14秒。2位の岩井和也選手も2時間55分55秒を記録し、男子マラソン競歩で世界記録認定基準を突破した。
なぜ初代世界記録保持者になったのか?ここで重要なのが、マラソン競歩の世界記録認定ルールだ。
2025年10月の高畠大会では、勝木隼人選手が2時間55分28秒を記録していた。しかし、この大会は世界陸連が定めた新しい世界記録認定基準の適用開始日である2026年1月1日より前だったため、世界記録としては認定対象にならず、世界最高記録という扱いになっていた。
男子マラソン競歩の世界記録認定基準は2時間56分30秒。2026年1月以降、この基準を初めて突破した選手が世界記録を樹立する仕組みだった。
川野選手は2時間55分14秒でこの基準を突破し、男子マラソン競歩の初代世界記録保持者となった。
この記録の価値は、単に従来の日本最高記録を更新したことだけではない。35km競歩の元世界記録保持者が、新しい42.195kmの種目でも世界の基準を最初に突破したという点にある。
2026年2月には延岡西日本マラソンにも挑戦2026年の活動では、競歩以外のマラソン大会への参加も注目された。
川野選手は2月8日の延岡西日本マラソンに出場し、2時間59分02秒で完歩。順位は194位だった。本人は競歩の魅力を一般のランナーにも知ってもらうため、「競歩でサブ3」という目標を掲げていた。
ただし、この大会は通常のロードマラソンであり、競歩審判員がいないため、競歩の公認記録としては扱われない。10月の高畠大会で樹立したマラソン競歩の世界記録とは、別の競技記録として理解する必要がある。
このように2026年は、競歩の普及活動にもつながる挑戦と、正式な競歩大会での世界記録樹立という二つの成果があった。
【プロの結論】川野将虎の強さと今後の注目ポイント
川野将虎選手のキャリアを振り返ると、単に長距離を速く歩ける選手というだけではない。競歩のルールや距離の変化に対応しながら、国際大会で結果を出し続けてきたことが大きな特徴だ。
川野将虎の実績から分かる3つの強み1. 長距離への高い適応力
50km競歩の日本記録を樹立した後、35km競歩でも世界記録を達成。さらに2026年には42.195kmのマラソン競歩でも世界記録を打ち立てた。距離が変わってもトップレベルの記録を残している。
2. 国際大会での経験値
東京・パリのオリンピック、オレゴン・ブダペストの世界陸上、東京2025世界陸上と、大舞台を経験している。世界選手権では銀メダルと銅メダルを獲得しており、プレッシャーの大きいレースを経験してきたことも強みだ。
3. 失敗を次の挑戦につなげる姿勢
東京2025世界陸上では体調不良により18位に終わったが、翌2026年にはハーフマラソン競歩で優勝し、マラソン競歩でも世界記録を樹立した。苦しいレースの経験を競技から離れる理由にせず、新しい目標へ向かう姿勢が見える。
今後の競技活動で注目すべきこと今後の注目要点は、2026年から本格化したマラソン競歩でどこまで記録を伸ばせるかという点だ。
2027年には北京世界陸上が予定されており、新しい距離での世界大会に向けた代表選考や国際大会での競争が続く。2026年10月の高畠大会は、その北京大会を見据えた選考競技会でもあった。
また、旭化成の公式予定に掲載されている11月29日のひろしま県央競歩大会も、今後の競技活動を追ううえで確認しておきたい大会だ。
35km競歩の記録を持つ選手としてだけでなく、マラソン競歩という新しい種目の基準を作った選手として、川野将虎の今後には大きな期待が集まる。
【川野将虎の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:川野将虎は2026年現在、どこに所属していますか?
A1:旭化成株式会社の陸上部に所属しています。2026年も現役競歩選手として活動しており、10月25日の全日本競歩高畠大会ではマラソン競歩の世界記録を樹立しました。
Q2:川野将虎の35km競歩と50km競歩の記録は何秒ですか?
A2:35km競歩は2時間21分47秒で、2024年に樹立した元世界記録です。50km競歩は3時間36分45秒で、2019年に樹立した日本記録です。
Q3:東京2025世界陸上で体調を崩した川野将虎は回復していますか?
A3:回復しています。東京2025世界陸上の男子35km競歩で脱水症状や嘔吐などの体調不良が発生しましたが、大会医務室スタッフの処置を受けて回復したと本人が説明しています。その後も競技を継続し、2026年にはマラソン競歩の世界記録を樹立しています。
川野将虎選手は、1998年生まれの宮崎県出身。東洋大学総合情報学部を卒業し、2021年から旭化成に所属する競歩選手だ。
2019年には50km競歩で3時間36分45秒の日本記録を樹立。2022年のオレゴン世界陸上では銀メダル、2023年のブダペスト世界陸上では銅メダルを獲得し、2024年には35km競歩で2時間21分47秒の世界記録を打ち立てた。
2025年の東京世界陸上では18位に終わり、レース後には脱水症状などで体調を崩したものの、適切な処置を受けて回復。その後も競技を続け、2026年3月にはハーフマラソン競歩で優勝した。
そして2026年10月25日、マラソン競歩で2時間55分14秒を記録し、男子初代世界記録保持者に輝いた。
35km競歩の元世界記録保持者から、新種目マラソン競歩の世界記録保持者へ。川野将虎選手の歩みは、競技の変化に対応しながら世界の頂点を目指すアスリートの姿を示している。
今後は北京2027世界陸上を見据えた競技活動にも注目したい。2026年11月以降の大会結果や本人の発信を追うことで、世界記録保持者としての次の挑戦が見えてくるはずだ。