2026年11月6日時点で、石山泰稚は東京ヤクルトスワローズに所属する38歳の投手として球団公式選手ページに掲載されている。
ただし、2026年シーズンは右肘のコンディション不良により、一軍公式戦への登板がなかった。日本野球機構(NPB)の個人年度別成績でも、2026年シーズン終了時点の通算登板数は569試合のままとなっている。
球団公式の2026年成績では、一軍の登板記録がなく、ファームでは3月27日、29日、4月5日の登板が掲載されている。6月の投球再開は復帰に向けた前進だったものの、実戦復帰とは異なる段階だった。
2026年の状態を整理現状を理解するうえで押さえておきたいのは、投球を再開したことと、一軍の試合に復帰できる状態になったことは同じではないという点だ。
石山は長年、ヤクルトのブルペンで重要な役割を担ってきた。登板数を重ねてきたベテランだけに、右肘への負担を考慮しながら慎重に調整する必要がある。
2025年に42試合へ登板し、14セーブを記録した投手が翌年に一軍登板ゼロとなったことは、チームにとっても大きな戦力面の変化だった。
一方、2026年11月6日現在、球団から石山の引退や退団を確定する発表は確認できない。今後の動向は、右肘の回復状況と球団との契約に注目する必要がある。
【右肘の状態と投球再開の経緯】4月の離脱から6月の前進まで
石山泰稚の2026年シーズンを左右したのが、右肘のコンディション不良だ。
2026年4月5日のファーム登板を最後にリハビリ組での調整に移り、その後は投球再開に向けた段階的なリハビリを続けた。
2026年6月10日に傾斜を使った投球を再開2026年6月10日、サンケイスポーツは石山が傾斜を使った投球を再開したと報じた。
報道で伝えられた本人のコメントは次のとおりだ。
「後退しないように進めていけたら」
この言葉から読み取れるのは、無理に調整を急ぐのではなく、状態を確かめながら段階を踏んでいく姿勢だ。
傾斜を使った投球は、平地でのキャッチボールよりも実際のマウンドに近い動作を伴う。投球再開における一つの前進ではあるが、それだけで全力投球や試合登板が可能になったと判断することはできない。
離脱から投球再開までの時系列| 時期 | 出来事 | 状況 |
|---|---|---|
| 2026年3月27日 | ファーム登板 | 楽天戦 |
| 2026年3月29日 | ファーム登板 | 楽天戦 |
| 2026年4月5日 | ファーム登板 | 西武戦。以後リハビリ調整 |
| 2026年6月10日 | 傾斜を使った投球再開 | 復帰に向けた段階的な調整 |
| 2026年シーズン終了時 | 一軍登板なし | NPB公式記録に一軍登板なし |
今後、石山の復帰状況を追う際には、次の段階を区別することが大切だ。
- ブルペンでの投球: 投球強度を上げても右肘の状態が安定しているか。
- 実戦形式の練習: 打者を相手にした投球やファームでの登板に進めるか。
- 一軍復帰: 継続して試合に登板できるコンディションまで戻っているか。
2026年6月のニュースは、あくまで投球再開の段階を伝えたものだ。その後の一軍復帰を示す記録は、シーズン終了時点でも確認できない。
右肘の具体的な診断名や、手術の有無、復帰予定日についても、現状の公式成績だけから断定することはできない。
【プロフィール・経歴】金足農業高校から東北福祉大学、ヤマハを経てドラフト1位へ
石山泰稚(いしやま・たいち)
東京ヤクルトスワローズ・背番号12
38歳
1988年9月1日生まれ/2026年11月現在
石山泰稚は秋田県秋田市出身。右投右打の投手で、身長182cm、体重83kg。ヤクルトでは背番号12を背負っている。
高校、大学、社会人野球を経てプロ入りした経歴の持ち主だ。
金足農業高校時代石山の野球人生の出発点となったのが、秋田県の金足農業高校だ。
地元秋田で高校野球に取り組み、その後は宮城県の東北福祉大学へ進学した。
東北福祉大学から社会人野球のヤマハへ大学卒業後は社会人野球の名門、ヤマハに進んだ。
高校、大学、社会人という段階を踏んで実力を磨き、2012年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから1位指名を受けた。
2012年ドラフト1位でヤクルトに入団2013年にプロ1年目を迎えると、早くから一軍の戦力として起用された。
新人ながら60試合に登板し、3勝3敗、10セーブ、防御率2.78を記録。入団直後からリリーフとして存在感を示した。
その後は中継ぎ、セットアッパー、抑えと役割を変えながら、長年にわたってチームを支えてきた。
| プロフィール項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石山泰稚 |
| 読み方 | いしやま・たいち |
| 生年月日 | 1988年9月1日 |
| 年齢 | 38歳 |
| 出身地 | 秋田県秋田市 |
| 身長・体重 | 182cm・83kg |
| 投打 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| 背番号 | 12 |
| 高校 | 金足農業高校 |
| 大学 | 東北福祉大学 |
| 社会人 | ヤマハ |
| プロ入り | 2012年ドラフト1位 |
| 所属球団 | 東京ヤクルトスワローズ |
【成績・通算569試合】14セーブを挙げた2025年と歴代の活躍
石山泰稚の評価を考えるうえで欠かせないのが、長年にわたって積み上げてきた登板実績だ。
NPB公式記録によると、2026年シーズン終了時点の通算成績は次のとおり。
通算登板569
試合
通算セーブ104
セーブ
通算防御率3.34
防御率
通算投球回734.2
回
2025年の石山は42試合に登板し、3勝3敗、14セーブ、防御率2.21を記録した。
特に注目したいのは、14セーブという数字だ。
この年は開幕からリリーフとして安定した投球を続け、クローザーを任される場面もあった。5月にはプロ通算100セーブを達成し、7年ぶりにオールスターにも選出された。
一方、シーズン途中に上半身のコンディション不良で離脱し、抑えのポジションを星知弥に譲った経緯もある。
2025年12月の契約更改では、年俸1億2000万円(金額は推定)でサイン。翌シーズンに向けて、勝ちパターンでの登板や抑えへの復帰を目標に掲げていた。
石山泰稚の個人年度別成績NPB公式の個人年度別成績から、2013年から2026年までの推移をまとめた。
出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績。2026年は一軍公式戦の登板記録なし。セーブ数・防御率は一軍公式戦の記録。
成績から読み取れる石山の強み年度別の数字を見ると、石山のキャリアにはいくつかの転換点がある。
2013年:新人ながら60試合に登板
プロ1年目から一軍のリリーフとして起用され、10セーブを記録した。新人時代からブルペンの重要な役割を任されていたことが分かる。
2018年:キャリア最高の35セーブ
71試合に登板し、防御率2.08、35セーブを記録。抑え投手として存在感を示したシーズンだった。
2020年:20セーブ、防御率2.01
2020年も44試合に登板し、20セーブを記録。2018年の活躍が一時的なものではなかったことを示す数字だ。
2025年:37歳で14セーブ
通算100セーブを達成し、ベテランとして再びクローザー争いに加わった。2026年の故障離脱が惜しまれる理由も、こうした実績にある。
なお、石山の通算569試合は、先発投手として積み上げた数字ではなく、リリーフを中心に長年登板してきた結果だ。チームの勝敗を左右する終盤の局面を任され続けたことに価値がある。
【結婚相手・子供】2013年に結婚、2015年には長男が誕生
石山泰稚はプロ入り後の2013年12月25日に結婚している。
結婚については、翌26日に球団から発表され、日刊スポーツなどが報じた。
結婚相手は保育士の絵里さん2013年12月26日付の日刊スポーツによると、石山の結婚相手は仙台市在住の保育士、絵里さん。当時25歳だった。
結婚当時、石山も25歳。プロ1年目に60試合登板、10セーブという結果を残した直後の結婚だった。
当時の石山は球団広報を通じて、家族への感謝と野球への意気込みを伝えている。
結婚発表時には、家族への感謝を結果で示したいという趣旨のコメントも報じられた。
2015年3月28日に第一子となる長男が誕生2015年3月29日、ヤクルト球団は石山に第一子となる長男が誕生したと発表した。
誕生日は2015年3月28日。日刊スポーツによれば、妻の絵里さんが福島県内の病院で出産した。
つまり、石山の家族について公表されている主な事実は次のとおりだ。
- 2013年12月25日:結婚
- 結婚相手:絵里さん(当時25歳、保育士)
- 2015年3月28日:第一子となる長男が誕生
石山の結婚と長男誕生は、球団発表を基にした報道で確認できる事実だ。
一方、妻や子供の現在の生活、顔写真、学校などの詳細については、公表されている情報が限られている。
選手本人の野球成績や復帰状況と、家族のプライベートは分けて考える必要がある。確認できる範囲では、結婚と長男誕生という事実が石山の家族情報の中心となる。
【今後の現役活動】ヤクルトで復帰できるのか?2027年に向けた注目点
石山泰稚の今後を考える際、最も大きな焦点は右肘の回復と実戦復帰の可能性だ。
2025年には14セーブを挙げ、通算100セーブも達成した。37歳でなお勝ちパターンを担える投手だっただけに、故障によって2026年の一軍登板がなくなったことは、本人にとってもチームにとっても大きな変化となった。
2025年の契約更改で示した現役への意欲2025年12月15日、石山は契約更改に臨み、3000万円増の推定年俸1億2000万円でサインした。
当時の報道では、翌シーズンについて勝ちパターンでの登板、さらには抑えへの復帰を目指す考えを示していた。
この発言からは、2026年もチームの重要なリリーフ投手として活躍する意欲がうかがえる。
ただし、その後に右肘のコンディション不良が発生し、シーズンを通して一軍登板がないまま終了した。
2027年に向けて確認したいこと今後の現役活動を判断するうえでは、次の4点が重要になる。
1. 右肘の回復状況: 投球強度を上げられる状態まで回復しているか。
2. 実戦復帰: ファームの試合や実戦形式の練習に戻れるか。
3. 球団との契約: 2027年シーズンに向けた契約や所属に関する発表があるか。
4. 起用方法: 復帰後、勝ちパターンやセットアッパー、抑えなど、どの役割を担うのか。
特に重要なのは、復帰後に連投や登板間隔の短い起用に対応できるかどうかだ。
リリーフ投手は、先発投手とは異なり、試合展開によって短い間隔で登板することがある。単に一度マウンドに戻れるだけでなく、継続的にチームの戦力として稼働できるかが評価のポイントになる。
【プロの結論】石山に必要なのは記録の更新よりも安定した復帰石山はすでに通算569試合、104セーブという実績を残している。
そのため、今後のキャリアを評価する際、単純に登板数やセーブ数を増やせるかだけを見るべきではない。
大切なのは、右肘の状態を安定させ、本人が望む勝ちパターンの一員として再びマウンドに立てるかどうかだ。
2026年は一軍登板がなかったものの、6月には傾斜を使った投球を再開した。2025年に14セーブを挙げた投手の復帰には、依然として大きな期待が寄せられる。
一方、2027年の契約や一軍復帰は、現段階で確定事項として扱えない。今後の球団発表と実戦での登板状況が、現役続行を判断する重要な材料となる。
【石山泰稚に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:石山泰稚は2026年現在、引退したのですか?
A1:2026年11月6日時点で、引退を発表した事実は確認できない。球団公式選手ページには掲載されている。ただし、2027年の契約や現役続行については今後の発表を待つ必要がある。
Q2:石山泰稚の右肘は治ったのですか?
A2:2026年6月10日に傾斜を使った投球を再開したことが報じられた。ただし、2026年シーズン終了時点で一軍登板はなく、完全復帰したとはいえない。
Q3:石山泰稚の通算成績と2025年のセーブ数は?
A3:NPB公式記録による通算成績は569試合登板、32勝42敗、104セーブ、防御率3.34。2025年は42試合に登板し、14セーブ、防御率2.21を記録した。
Q4:石山泰稚の結婚相手は誰ですか?
A4:2013年12月25日に、仙台市在住の保育士だった絵里さんと結婚したことが球団から発表されている。
Q5:石山泰稚に子供はいますか?
A5:2015年3月28日に第一子となる長男が誕生したことが、ヤクルト球団から発表されている。
Q6:石山泰稚の出身高校と大学はどこですか?
A6:秋田県の金足農業高校を卒業後、東北福祉大学へ進学。その後、社会人野球のヤマハを経て、2012年ドラフト1位でヤクルトに入団した。
石山泰稚は、2013年のプロ入りから東京ヤクルトスワローズ一筋でプレーしてきたベテラン投手だ。
通算569試合、104セーブという実績に加え、2018年の35セーブ、2020年の20セーブ、2025年の14セーブなど、長年にわたってブルペンを支えてきた。
2026年は右肘のコンディション不良により一軍登板がなかったが、6月10日には傾斜を使った投球を再開。復帰に向けた一歩を踏み出した。
プライベートでは2013年に絵里さんと結婚し、2015年には長男が誕生。野球人生と家庭生活の両面で節目を重ねてきた。
今後、特に注目したいのは次の3点だ。
- 右肘の状態がどこまで回復するか
- ファームでの実戦復帰を果たせるか
- ヤクルトで2027年以降も現役を続けられるか
石山泰稚にとって、次の大きな目標は通算記録の更新だけではない。再び神宮のマウンドに立ち、勝負どころを任される姿を取り戻せるかどうかだ。
長年チームを支えたベテラン右腕の今後は、ヤクルトのリリーフ陣を考えるうえでも見逃せないテーマとなっている。
主な参考資料:東京ヤクルトスワローズ公式選手プロフィール、日本野球機構(NPB)個人年度別成績、サンケイスポーツ、日刊スポーツ、スポニチアネックス。