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【一覧で確認】巨人の永久欠番は1・3・4・14・16・34の6つ

神崎 雪穂 神崎 雪穂 • 更新: • 公開: • 読了約 17 分
目次

巨人の永久欠番は、背番号の小さい順に「1・3・4・14・16・34」です。

読売ジャイアンツが公表している球団資料でも、永久欠番は6つと紹介されています。これはプロ野球12球団で最多の数です。

指定された時期を含めて整理すると、次のようになります。

背番号 選手名 永久欠番指定日 主な指定の背景 1 王貞治 1989年3月16日 868本塁打を記録した球界を代表する打者 3 長嶋茂雄 1974年11月21日 巨人の象徴として活躍したミスタープロ野球 4 黒沢俊夫 1947年7月9日 現役中の急逝とチームへの貢献 14 沢村栄治 1947年7月9日 戦死した伝説的な大投手への追悼 16 川上哲治 1965年1月18日 打撃の神様としての実績と監督としての功績 34 金田正一 1970年4月2日 プロ野球史上最多の通算400勝

この一覧で注目したいのは、永久欠番が単純に打撃成績や投手成績だけで決められていない点だ。

1947年の黒沢俊夫と沢村栄治は、現役中の死去や戦死を受けて顕彰された。一方、王貞治や長嶋茂雄は、現役生活を通じて築いた圧倒的な実績と球団への影響力が評価されている。

つまり、巨人の永久欠番には、球団の歴史を支えた選手への敬意と、野球界全体に残した功績を後世に伝える役割がある。

【背番号1・3】王貞治と長嶋茂雄が残した伝説

巨人永久欠番


王貞治・背番号1

長嶋茂雄・背番号3

背番号1:王貞治が築いた868本塁打の偉業

王貞治は1959年に巨人へ入団し、1980年の現役引退まで背番号1を着用した。

最大の功績は、通算868本塁打という歴史的な記録だ。一本足打法を武器に本塁打を量産し、世界的にも知られるホームラン打者となった。

王の背番号1が特別なのは、現役引退後も番号を変えなかったことにも理由がある。

1981年に助監督へ就任し、1984年には監督に就任。1988年まで巨人の指揮を執ったが、その間も背番号1を着用し続けた。

そのため、現役引退と同時に永久欠番になったわけではない。

1989年3月16日、監督退任後に正式な永久欠番として指定された。

選手、助監督、監督を通じて約30年間にわたり背負い続けた番号だったことも、王の背番号1が特別視される理由の一つだ。

背番号3:長嶋茂雄が巨人に残した象徴的な番号

長嶋茂雄は1958年に巨人へ入団し、1974年まで背番号3を着用した。

通算成績は以下の通り。

- 出場試合数:2,186試合
- 安打数:2,471本
- 本塁打:444本
- 打点:1,522
- 通算打率:.305

記録だけでなく、勝負どころでの豪快なプレーや華やかな存在感によって、プロ野球そのものの人気を押し上げた選手でもある。

1974年10月14日の引退試合後には、「わが巨人軍は永久に不滅です」という言葉を残した。

同年11月21日には監督就任が発表され、現役時代の背番号3は永久欠番となった。

長嶋は監督として新たな出発をするにあたり、背番号90を着用した。選手時代の3番と監督としての90番を使い分けたことも、巨人の背番号史における重要な出来事だ。

2025年6月3日に長嶋が89歳で亡くなった後も、背番号3は球団を象徴する存在として受け継がれている。

2025年の追悼試合では、監督・コーチ・選手全員が永久欠番3のユニホームを着用して試合に臨んだ。球団公式の追悼企画にも、長嶋の背番号が現在まで大切に扱われていることが表れている。

【背番号4・14】日本初の永久欠番となった黒沢俊夫と沢村栄治


黒沢俊夫・背番号4

沢村栄治・背番号14

巨人の永久欠番の歴史を語るうえで、最も重要な転換点となったのが1947年だ。

この年、黒沢俊夫の背番号4と沢村栄治の背番号14が同時に永久欠番に指定された。日本プロ野球における最初の永久欠番である。

背番号4:黒沢俊夫を襲った突然の悲劇

黒沢俊夫は外野手として巨人で活躍した選手だ。

1944年に巨人へ移籍。当時は戦争の影響で多くの選手が兵役に就き、チームは深刻な選手不足に直面していた。

黒沢はそうした厳しい状況の中でチームを支えた存在だった。

特に戦後の1946年には全試合に出場し、打率.348を記録。打線の中心として大きな役割を果たした。

しかし、1947年6月23日、黒沢は腸チフスによって32歳の若さで亡くなった。

当時の報道や週刊ベースボールの歴史記事によると、黒沢の死を惜しんだチームメートから背番号を残そうという声が上がった。

その結果、同年7月9日に背番号4が永久欠番となった。

選手としての成績だけでなく、チームが苦境にあった時期に果たした役割や仲間からの信頼が、永久欠番につながった背景にある。

背番号14:沢村栄治はなぜ永久欠番になったのか

沢村栄治は、日本プロ野球の黎明期を代表する投手だ。

1936年に巨人の投手として活躍を始め、豪速球と鋭いカーブを武器に打者を圧倒した。

主な通算成績は次の通り。

- 登板:105試合
- 勝利:63勝
- 敗戦:22敗
- 防御率:1.74

1937年には24勝4敗という優れた成績を残し、最高殊勲選手にも選ばれている。

しかし、沢村の野球人生は戦争によって大きく変わった。

兵役による離脱を経験し、1944年に3度目の召集を受けた。その年の12月2日、乗船していた輸送船が米潜水艦の攻撃を受けて沈没し、27歳で戦死した。

この悲劇を受け、1947年7月9日に背番号14が永久欠番となった。

また、同年には沢村の名前を冠した沢村栄治賞も創設されている。現在もプロ野球の優秀な投手を顕彰する賞として知られている。

沢村の功績は、背番号14だけでなく、日本野球の歴史そのものに刻まれている。

【背番号16・34】川上哲治と金田正一が築いた巨人の投手・打撃史


川上哲治・背番号16

金田正一・背番号34

背番号16:打撃の神様・川上哲治

川上哲治は1938年から巨人でプレーした一塁手で、「打撃の神様」と呼ばれた名選手だ。

通算2,351安打、打率.313、181本塁打を記録し、巨人の主力打者として長く活躍した。

川上の背番号16には、王貞治と共通する興味深い歴史がある。

現役引退後、川上は巨人の監督に就任したが、監督としては背番号77を着用した。現役時代の16番から番号を変更したことで、16番が永久欠番に指定されることになった。

指定日は1965年1月18日。

その後、川上監督は1965年から1973年までの9年連続日本一、いわゆるV9を達成する。

つまり、背番号16は名打者としての功績を象徴し、背番号77は名将としての功績を象徴する番号となった。

背番号34:通算400勝を達成した金田正一

金田正一は、プロ野球史上に残る左腕投手だ。

国鉄スワローズで活躍した後、1965年に巨人へ移籍した。

巨人での在籍期間は1965年から1969年までの5年間。決して長くはないが、その間も背番号34を着用し続けた。

金田の最大の功績は、プロ野球史上最多となる通算400勝だ。

1969年10月10日に前人未到の400勝を達成し、同年限りで現役を引退。翌1970年4月2日に背番号34が永久欠番となった。

巨人在籍中の勝利数は47勝であり、400勝すべてを巨人で挙げたわけではない。

ここは誤解されやすいポイントだ。

金田が永久欠番に値する存在となったのは、巨人での在籍年数だけでなく、国鉄時代から積み上げた圧倒的な通算成績と、プロ野球の歴史に残る投手としての功績があったからだ。

【永久欠番と準永久欠番の違い】松井秀喜の背番号55はなぜ特別なのか

巨人の背番号を語るとき、永久欠番6つと並んで話題になるのが、松井秀喜の背番号55だ。

松井は1993年から2002年まで巨人でプレーし、4番打者としてチームを支えた。

巨人時代の10年間で332本塁打を記録。2002年には打率.334、50本塁打、107打点という圧倒的な成績を残した。

背番号55には、王貞治が記録した当時のシーズン最多本塁打55本を超えてほしいという期待が込められていたと報じられている。

松井はその期待を背負い、55番を自身の代名詞にまで育て上げた。

松井秀喜の55番は永久欠番ではない

松井が2003年にメジャーリーグへ移籍すると、巨人は背番号55を2003年から2008年まで空き番号とした。

この期間の扱いが、準永久欠番と呼ばれる背景の一つになっている。

ただし、55番は正式な永久欠番には指定されていない。

実際、その後は別の選手が着用している。

- 2009~2013年:大田泰示
- 2014~2021年:空き番号
- 2022~2025年:秋広優人
- 2026年:空き番号

2026年10月の報道でも、秋広優人の移籍後、背番号55は再び空き番号になっていると伝えられた。

つまり、松井の55番は球団が功績を尊重してきた特別な番号ではあるが、ほかの選手が着用できない永久欠番とは異なる。

永久欠番と準永久欠番を比較
比較項目 永久欠番 準永久欠番
位置づけ 球団が正式に指定する名誉ある番号 一定期間使用を控える慣例的な扱い
他選手の着用 原則として認められない 球団の判断で再使用される場合がある
指定基準 球団ごとに判断 全国共通の正式基準はない
巨人の例 1・3・4・14・16・34 55・松井秀喜
2026年の状況 6番号を維持 55番は空き番号

「準永久欠番」は、NPBが統一基準を設けた正式な制度ではない。球団が特定の選手の功績を尊重し、番号を一定期間空けておく場合などに使われる呼び方だ。

また、巨人の55番についても、永久欠番と同じ意味で使用禁止になっているわけではない。

背番号55は松井秀喜の功績を象徴する番号であり、背番号1や3と同じ正式な永久欠番ではない。

この区別が、巨人の背番号史を正しく理解するポイントとなる。

【2026年最新】巨人の永久欠番は現在も6つ!松井新監督の背番号90にも注目

2026年11月現在、巨人の永久欠番は引き続き6つだ。

そして2026年10月23日には、松井秀喜氏が巨人の新監督に就任することが発表された。

このニュースによって、松井の現役時代の背番号55と、長嶋茂雄が監督時代に着用した背番号90が改めて注目されている。

松井秀喜新監督が選んだのは背番号90

2026年10月23日の就任会見で発表された松井新監督の背番号は、90だった。

契約期間は3年間。2026年10月30日から秋季練習の指揮を執ることも発表された。

90番は、長嶋茂雄が1975年から1980年までの第1次監督時代に着用していた番号だ。

松井監督は会見で、長嶋監督が選手引退後に監督として若い選手たちと向き合った姿勢を受け継ぎたいという思いを語った。

加えて、背番号90を選んだ理由には複数の要素があった。

- 長嶋茂雄が第1次監督時代に着用した番号であること
- 長嶋が存命なら2026年に90歳を迎える年だったこと
- 松井自身が現役最後の時期に着用した35番と、巨人時代の55番を足すと90になること

特に興味深いのは、松井自身が55番を選ばなかった理由にも触れている点だ。

55番を再び着用すると、自分自身も当時を知るファンも、過去の思い出に引き戻されるような感覚になるのではないかと説明した。

新しい指導者としてのスタートには90番がふさわしいという判断だった。

55番は今後、永久欠番になる可能性があるのか

松井秀喜は2013年に長嶋茂雄とともに国民栄誉賞を受賞し、2018年には野球殿堂入りを果たした。

日米通算507本塁打という実績もあり、巨人の歴史に残る選手であることに疑いはない。

しかし、こうした功績があるからといって、自動的に背番号が永久欠番になるわけではない。

実際、55番は大田泰示や秋広優人に引き継がれてきた。

2026年現在は再び空き番号となっているものの、球団が永久欠番に指定したという発表はない。

今後の扱いについては、球団の判断と、どのような選手がその番号を受け継ぐかが焦点になる。

【プロの結論】巨人の永久欠番は記録だけでなく球団の歴史を映す

巨人の永久欠番を理解するうえで大切なのは、6人を単純に成績順に並べないことだ。

背番号4と14には、戦争や戦後の混乱の中で野球に人生を懸けた選手たちへの追悼が込められている。

背番号1と3には、巨人を代表するスター選手としての圧倒的な存在感がある。

背番号16と34には、打撃と投球の両面でプロ野球の歴史に残る記録が刻まれている。

一方、松井の55番は、永久欠番にしなくても選手の功績やファンの記憶を残せることを示している。

背番号の扱いを判断するときは、次の3点を確認すると誤解しにくい。

1. 球団が正式に永久欠番として指定したか。
2. 別の選手が同じ番号を着用した履歴があるか。
3. 球団や報道が「準永久欠番」と呼んでいるだけなのか、正式な指定があるのか。

この3点を押さえれば、伝説的な選手の番号と、球団が特別に扱っている番号を混同せずに理解できる。

【巨人の永久欠番】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:巨人の永久欠番は全部でいくつありますか?

巨人の永久欠番は全部で6つです。背番号1・3・4・14・16・34で、それぞれ王貞治、長嶋茂雄、黒沢俊夫、沢村栄治、川上哲治、金田正一に対応しています。

Q2:松井秀喜の背番号55は永久欠番ですか?

いいえ。背番号55は正式な永久欠番ではありません。松井の功績を尊重して一時期空き番号となっていましたが、大田泰示や秋広優人が着用した経緯があります。2026年現在は再び空き番号です。

Q3:巨人で最初に永久欠番になった背番号は何番ですか?

1947年7月9日に、黒沢俊夫の背番号4と沢村栄治の背番号14が同時に指定されました。この2つが日本プロ野球初の永久欠番です。

Q4:背番号90も永久欠番ですか?

いいえ。背番号90は長嶋茂雄が第1次監督時代に着用した番号ですが、永久欠番ではありません。2026年10月に就任した松井秀喜新監督が着用することになりました。

Q5:巨人の永久欠番は今後増える可能性がありますか?

可能性はあります。ただし、永久欠番の指定は球団の判断によるもので、成績やタイトルの数だけで自動的に決まる制度ではありません。今後の球団発表が判断材料になります。

巨人の永久欠番は、2026年11月現在も1・3・4・14・16・34の6つだ。

王貞治の1、長嶋茂雄の3という有名な番号だけでなく、黒沢俊夫の4、沢村栄治の14、川上哲治の16、金田正一の34にも、それぞれ異なる歴史と指定理由がある。

松井秀喜の55番は、永久欠番ではなく、球団が功績を尊重してきた特別な番号だ。2026年には松井自身が新監督に就任し、長嶋の監督時代を象徴する90番を選んだ。

永久欠番は、単に選手が使えなくなった番号ではない。球団の歴史、選手の生き方、ファンの記憶を次の世代へ伝える象徴でもある。

巨人の背番号を調べる際には、正式な永久欠番なのか、準永久欠番と呼ばれる特別な扱いなのかを区別することが大切だ。

2026年の松井新監督就任を新たな節目として、6つの永久欠番と55番が持つ意味は、これからも巨人の歴史を語る重要なテーマであり続ける。

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神崎 雪穂
デジタルマーケター 神崎 雪穂
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調理師免許を持つフードライター。栄養価は公的食品データベース、調理法はメーカー公式表記で裏取りし、旬は市場入荷記録を参照します。

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