FANTASTICSで亡くなったメンバーは、結成当初から活動していたパフォーマーの中尾翔太(なかお・しょうた)さんです。
中尾さんは1996年4月23日生まれ、愛知県出身。2018年7月6日に22歳で亡くなりました。死因は胃がんです。LDH JAPANが7月8日に発表した訃報では、3月に活動休止を公表して以降、家族の看病を受けながら治療に専念していたことが説明されています。
LDHの発表は、次のように訃報を伝えました。
「7月6日、誠に残念ながら永眠致しました。」
なお、7月8日の訃報発表そのものでは病名の詳細よりも、闘病の経緯と逝去の事実が伝えられています。胃がんについては、同年3月3日の本人および所属事務所の公式発表で明らかにされていました。
日刊スポーツなどの報道でも、胃がんのため22歳で亡くなったことが伝えられています。検索結果にある「FANTASTICSメンバー死亡」という情報は、この中尾さんの訃報を指しています。
【胃がん公表から活動休止まで】中尾翔太さんの闘病生活

中尾さんの体調不良が表面化したのは2017年末ごろでした。本人の2018年3月3日のコメントによると、前年末から体調不良が続き、自身でも不安を感じて医療機関で精密検査を受けたといいます。
2017年末から体調不良が続いていた中尾さんは、2017年末から体調不良を訴えていました。2018年3月の発表では、検査によって胃にがんが発見されたことが明らかになっています。
当時の報道では、2017年12月30日と2018年1月20日のライブ出演を体調不良のために見合わせていたことも伝えられました。
この段階では、ファンに病名が公表されていたわけではありません。本人と所属事務所が公表したのは、精密検査の結果を受けた2018年3月3日でした。
2018年3月3日、胃がんを公表して活動休止2018年3月3日、FANTASTICSの公式発表を通じて、中尾さん自身が胃がんを患っていることを明らかにしました。
所属事務所のLDH JAPANとEXILE HIROも連名でコメントを発表。完治に向けて治療に専念できるよう、FANTASTICSの活動を一時休止することを伝えました。
本人は突然の病気の知らせに戸惑ったことを明かしながらも、復帰への強い意志を示していました。
「絶対に勝ちます!待っていてください!」
この言葉は、治療を乗り越えて再びステージに立ちたいという中尾さんの思いを表すものでした。
当時のLDH側も、医療機関と連携しながら治療と復帰をサポートしていく姿勢を示していました。
闘病中の具体的な治療内容は公表されていない中尾さんの闘病については、本人の病気公表とLDHの公式発表、関係者の追悼コメントなどから経緯をたどることができます。
一方、胃がんの進行度、具体的な治療方法、詳細な病状の推移については、公式発表で詳しく説明されていません。
若くして胃がんを患ったことから、病気の進行や発見時期に関する疑問を持つ人もいます。しかし、個別の病状を公表情報以上に断定することはできません。
【2018年7月6日から8日】死亡までの経緯とLDH公式発表を時系列で整理
中尾さんの訃報について、特に重要なのが亡くなった日と公式発表の日が異なるという点です。
実際に亡くなったのは2018年7月6日。所属事務所のLDH JAPANがファンに向けて発表したのは7月8日でした。
当時の日刊スポーツの報道では、7月6日午前7時23分に都内の病院で亡くなったと伝えられています。
中尾翔太さんの生涯と闘病の主な出来事| 時期・年月日 | 出来事・関係者 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1996年4月23日 | 中尾翔太さん誕生 | 愛知県出身。LDH公式プロフィールに生年月日を掲載。 |
| 2016年12月29日 | FANTASTICS結成 | 世界さん、佐藤大樹さんらとパフォーマー集団として始動。 |
| 2017年12月20日 | 9人組として新たに始動 | 八木勇征さん、中島颯太さんがボーカルとして加入。 |
| 2017年末 | 体調不良 | 本人が後の公式コメントで体調不良の継続を説明。 |
| 2018年3月3日 | 胃がん公表・活動休止 | 本人とLDHが病気治療に専念することを発表。 |
| 2018年7月6日 | 中尾翔太さん逝去 | 22歳。胃がんの闘病を続けるなかで亡くなる。 |
| 2018年7月8日 | LDH JAPAN公式発表 | 逝去を公表。葬儀とファン向けのお別れの会について説明。 |
| 2018年8月25日・26日 | ファン向けのお別れの会 | 東京・名古屋で「In Loving Memory ~FANTASTICS 中尾翔太~」を開催。 |
この年表で押さえておきたいのは、胃がんの公表から亡くなるまで約4か月だったことです。
7月8日のLDH公式発表で伝えられた内容LDH JAPANの2018年7月8日付発表では、中尾さんが3月の活動休止公表後、病気の治療に専念し、家族の看病を受けながら懸命に闘病していたことが説明されました。
また、事務所としても回復を信じて医療機関と連携し、最善を尽くしていたことが記されています。
葬儀については、ご家族の意向により、親族とLDH所属メンバー、スタッフなどの関係者で執り行うことが発表されました。ファンに向けては、別途お別れの会を予定していると案内されています。
中尾翔太さんのお別れの会はいつ開催された?ファン向けのお別れの会は「In Loving Memory ~FANTASTICS 中尾翔太~」という名称で行われました。
2018年8月25日と26日に、東京と名古屋の会場で開催されたことが当時の関連情報で伝えられています。
会場では写真などの展示や、翔太さんへのメッセージを残せるスペースが設けられました。葬儀とは別に、ファンが故人を見送る機会が用意された形です。
ご家族の意向を尊重し、葬儀とファン向けのお別れの会を分けた点も、当時の公式発表で示された重要な経緯です。
【中尾翔太さんはどんな人物?】ダンサーとして歩んだ経歴
中尾さんは、単にFANTASTICSのメンバーとして活動していた人物ではありません。幼いころからダンスに取り組み、EXILEやTRFなどのステージにも関わってきた経験豊富なパフォーマーでした。
幼少期からダンスの経験を積んでいたLDH公式プロフィールに記載された経歴によると、中尾さんは2005年からa-nationのACTダンサーとして活動していました。
2006年にはTRFの「Life-e-Motions TOUR」にバックダンサーとして参加。2007年にはEXILEのライブツアー、2008年には「EXILE PERFECT LIVE 2008」にサポートダンサーとして参加しています。
2013年には日本テレビ系「24時間テレビ」の高校生ダンス甲子園で優勝した経歴もあります。
こうした実績からも、中尾さんが若いころからダンスの技術を磨き、プロのステージで経験を積んできたことが分かります。
2016年、FANTASTICSの結成メンバーに2016年12月29日、FANTASTICSはEXILEの世界さんと佐藤大樹さんをリーダーに迎え、5人のパフォーマーを加えた7人組として結成されました。
中尾さんは、この初期メンバーの一人です。
2017年には全国各地で武者修行を行い、グループとしての経験を重ねていきました。
同年12月には、ボーカルオーディションから選ばれた八木勇征さんと中島颯太さんが加入。9人組のダンス&ボーカルグループとして新たなスタートを切りました。
ところが、その直後に中尾さんの体調不良が明らかになり、2018年3月に活動休止、同年7月に逝去という悲しい経緯をたどりました。
メジャーデビューを見届けることはできなかったFANTASTICSのメジャーデビューシングル「OVER DRIVE」が発売されたのは、2018年12月5日です。
中尾さんが亡くなった約5か月後の出来事でした。
グループとして大きな節目を迎えた時期に、結成メンバーの一人を欠いていたことになります。
この時間軸を知ると、9人で夢に向かって進み始めた直後に訪れた別れが、グループにとってどれほど大きな転換点だったのかが分かります。
【FANTASTICSの現在】2026年のメンバー構成と活動状況
中尾さんの死去後、FANTASTICSはグループ活動を継続しています。
2026年11月現在、実際に活動しているメンバーは8人です。
現在活動している8人のメンバー- 世界:リーダー・パフォーマー
- 佐藤大樹:リーダー・パフォーマー
- 澤本夏輝:パフォーマー
- 瀬口黎弥:パフォーマー
- 堀夏喜:パフォーマー
- 木村慧人:パフォーマー
- 八木勇征:ボーカル
- 中島颯太:ボーカル
世界さんと佐藤大樹さんがリーダーを務め、4人のパフォーマーと2人のボーカルがグループを構成しています。
中尾さんは現在の活動メンバーには含まれませんが、FANTASTICSの結成を支えた大切なメンバーであることに変わりはありません。
2026年もライブや音楽活動を展開ユニバーサル ミュージック ジャパンの公式アーティスト情報によると、FANTASTICSは2026年5月から単独アリーナツアー「FANTASTICS LIVE TOUR 2026 “SUNFLOWER”」を開催しています。
また、2026年10月にはグループ初の海外単独ライブとなる台北公演も予定され、海外へ活動の場を広げています。
加えて、2027年2月から上演されるシルク・ドゥ・ソレイユ「アース製薬 クーザ」日本公演では、スペシャルサポーターに就任することが発表されています。
音楽活動だけでなく、舞台や映像など幅広いエンターテインメント分野に関わっている点も、現在のFANTASTICSの特徴です。
なぜ公式プロフィールに中尾翔太さんの名前が残っている?検索する人が混乱しやすいのが、LDHの公式アーティストページに中尾さんのプロフィールが現在も掲載されていることです。
これは、FANTASTICSの歴史における中尾さんの存在が記録されているためです。掲載されているメンバー名を単純に数えると9人になりますが、現在活動している人数とは区別する必要があります。
一方、現行のグループプロフィールや2026年の番組出演情報では、8人のメンバーが活動主体として紹介されています。
したがって、「結成当初のメンバーは9人」「現在活動しているメンバーは8人」という整理が正確です。
【プロの結論】FANTASTICSメンバー死亡の情報で誤解しないためのポイント
「FANTASTICSのメンバーが亡くなった」という検索情報には、いくつか混同されやすいポイントがあります。
誤解1:FANTASTICSのメンバーが複数亡くなった?今回の検索テーマで確認される訃報は、中尾翔太さんのものです。ほかの現役メンバーが亡くなったという事実を示す公式発表は確認されていません。
誤解2:中尾翔太さんの死因は別の病気だった?中尾さんについては、2018年3月3日に胃がんを公表し、治療のため活動休止を発表しています。その後、7月6日に亡くなったことがLDHから発表されました。
胃がんの公表と訃報の経緯から、死因は胃がんとされています。別の病気や事故が原因だったという情報とは区別する必要があります。
誤解3:FANTASTICSは解散した?中尾さんの死去によってグループが解散したわけではありません。8人で活動を継続し、2026年もライブや新しい音楽企画を展開しています。
情報を見極めるための3つの判断基準- 発表主体を確認する:LDH JAPANの公式発表と、出典が明確な大手報道を優先する。
- 日付を区別する:2018年7月6日は逝去日、7月8日は訃報の公式発表日。
- 人数を区別する:結成時の9人と、2026年現在活動する8人は意味が異なる。
とりわけ、病気の詳細や本人のプライベートに関する情報は、公式に公表された範囲を超えて断定しないことが大切です。
【FANTASTICSメンバー死亡】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:FANTASTICSで亡くなったメンバーは誰ですか?
A1:パフォーマーの中尾翔太さんです。2018年7月6日に胃がんのため22歳で亡くなりました。
Q2:中尾翔太さんの死因は何ですか?
A2:胃がんです。2018年3月3日に本人とLDHが胃がんを公表し、治療に専念するためFANTASTICSの活動を一時休止しました。
Q3:中尾翔太さんの訃報はいつ発表されましたか?
A3:2018年7月8日です。実際に亡くなった日は7月6日で、所属事務所のLDH JAPANが公式サイトなどで発表しました。
Q4:中尾翔太さんのお別れの会は開催されましたか?
A4:はい。「In Loving Memory ~FANTASTICS 中尾翔太~」として、2018年8月25日と26日に東京と名古屋で開催されました。
Q5:FANTASTICSは2026年現在何人ですか?
A5:現在活動しているメンバーは8人です。世界、佐藤大樹、澤本夏輝、瀬口黎弥、堀夏喜、木村慧人、八木勇征、中島颯太の8人で活動しています。
Q6:中尾翔太さんはFANTASTICSを脱退したのですか?
A6:病気治療のため活動を一時休止していましたが、復帰を果たすことなく2018年7月6日に亡くなりました。通常の脱退とは異なる経緯です。
FANTASTICSのメンバーで亡くなったのは、中尾翔太さんです。1996年4月23日生まれの中尾さんは、2018年3月3日に胃がんを公表し、治療に専念するため活動を休止。その後、2018年7月6日に22歳で亡くなりました。
LDH JAPANが訃報を発表したのは7月8日です。葬儀はご家族の意向に沿って親族とLDH関係者で執り行われ、8月にはファン向けのお別れの会も開催されました。
2026年現在、FANTASTICSは8人で活動を続けています。アリーナツアーや海外公演など、新しい挑戦にも取り組んでいます。
中尾さんは、グループが9人で新たな夢に向かって歩み始めた時期に病気と闘うことになりました。若くして亡くなった事実だけでなく、長年ダンスに取り組み、FANTASTICSの結成を支えたパフォーマーだったことも忘れてはなりません。
中尾翔太さんがFANTASTICSの歴史に残した足跡と、現在も続くメンバーたちの活動。その両方を知ることが、彼の存在を正しく理解することにつながります。