石塚英彦の代名詞として知られる「まいうー」。グルメ番組でおいしい料理を口にした瞬間に飛び出すこのフレーズは、いつ、誰によって生まれたのだろうか。実は、最初にテレビ番組で「まいうー」と発したのは石塚英彦本人ではない。1999年にテレビ朝日系で放送された深夜番組「あ。た、り」で、女性タレントのカワイ麻弓が口にした言葉がきっかけだった。
その後、石塚英彦とパパイヤ鈴木がテレビ東京の「debuya」で使い続けたことで全国的に浸透。2026年11月現在、石塚は64歳となり、テレビ東京「よじごじDays」の金曜MCを務めるなど、グルメリポーターとしても活躍を続けている。誕生秘話から言葉の由来、ホンジャマカとしての経歴、現在の出演番組まで詳しく整理する。
【結論】石塚英彦の「まいうー」の元祖はカワイ麻弓だった
先に答えを明らかにすると、「まいうー」を最初にテレビ番組で口にした人物は、タレント・女優のカワイ麻弓である。
この事実は、石塚英彦本人が2024年5月31日公開のインタビュー企画「食の窓口」で語っている。石塚は、自分とパパイヤ鈴木、カワイ麻弓の3人が出演していたテレビ朝日の深夜番組「あ。た、り」での出来事を振り返った。
「まいう~」は僕が作った言葉じゃないんですよ。
石塚が説明したところによると、番組内でカワイ麻弓は、少し高飛車で生意気な芸能関係者というキャラクターを演じていた。業界用語を使う人物という設定で食リポに参加し、料理を食べた際に「まいうー」と発言したのが始まりだった。
その独特な言い方とキャラクターの組み合わせが、石塚やパパイヤ鈴木の印象に強く残った。収録が終わった後も、3人の間で自然に使われるようになったという。
つまり、次のように整理すると誤解がない。
- 最初にテレビで発した人:カワイ麻弓
- 番組を通じて繰り返し使用した人:石塚英彦・パパイヤ鈴木
- 全国的な知名度を獲得するきっかけ:テレビ東京「debuya」「元祖!でぶや」
石塚英彦の代表的な決めゼリフであることは間違いない。しかし、言葉の発案者と、世間に広めた人物は同じではない。この区別こそが、誕生秘話を理解するうえで最も要点だ。
【誕生秘話】1999年のテレビ朝日「あ。た、り」で何が起きた?
研ナオコが司会を務めた深夜番組が舞台「まいうー」がテレビで生まれた舞台は、1999年から2000年にかけてテレビ朝日系で放送されたバラエティー番組「あ。た、り」だった。
番組の中心人物は歌手・タレントの研ナオコ。石塚英彦、振付師・タレントのパパイヤ鈴木、カワイ麻弓らも出演していた。
この番組には、体格のよい3人が食リポなどに参加するコーナーがあり、カワイは生意気な業界人風の女性という役どころを担当。いわゆる芸能界の業界用語を使うキャラクターだった。
例えば、タクシーを「シータク」と呼ぶような言葉遊びである。こうした独特の設定のなかで、カワイが食事の感想として「まいうー」と発した。
石塚は2024年のインタビューで、そのときの面白さについて、カワイの少しふてぶてしい表情やキャラクターが言葉とよく合っていたことを説明している。
カワイ麻弓自身も以前から使っていた言葉2016年8月21日放送の関西テレビ・フジテレビ系「芸能人きっかけシアター」でも、この誕生秘話が紹介された。
同番組に関するデイリースポーツの報道によれば、カワイは「まいうー」について、友人同士で業界用語のように言葉をひっくり返して使うことが流行しており、自分も自然に口にしたと説明している。
番組スタッフがこの言葉を気に入り、もう一度言ってもらおうとしたものの、カワイは笑ってしまってうまく言えなかったという。そこで石塚が代わりに発したことも、後の定着につながった。
このエピソードから分かるのは、カワイが完全にゼロから新しい日本語を発明したというより、以前から使われていた言葉遊びを番組のなかで披露し、それが出演者やスタッフに受け入れられたということだ。
【言葉の由来】「まいうー」の意味とパパイヤ鈴木が果たした役割
「うまい」を言い換えた業界用語・倒語「まいうー」の意味は、基本的に「うまい」「おいしい」である。
言葉の仕組みは、「うまい」の音を入れ替えたような業界用語風の言葉遊び。芸能界やメディア関係者の間で使われてきた倒語の一種として知られている。
「ザギンでシースー」という表現と同じように、普段の言葉を少し変えることで、仲間内の会話らしい雰囲気を生み出す仕組みだ。
石塚自身も2024年のインタビューで、昔の芸能界では「まいうー」が使われていたと説明している。ミッキー・カーチスと食事をした際に石塚が「まいうー」と口にすると、相手から懐かしいという反応が返ってきたエピソードも紹介した。
したがって、言葉そのものの歴史と、テレビで広まったきっかけは分けて考える必要がある。
「debuya」で石塚英彦とパパイヤ鈴木が広めたテレビ朝日の「あ。た、り」が終了した後、同じ制作チームによってテレビ東京の「debuya」が始まった。
石塚英彦とパパイヤ鈴木が出演するこの番組でも、「まいうー」が継続して使用された。食べ物を紹介する場面で繰り返し使われるうちに、2人のグルメリポートを象徴する言葉になっていった。
テレビ東京プラスが2023年9月に公開した「食リポの達人が集結!」でも、この経緯が紹介されている。石塚とパパイヤが番組をまたいで言葉を引き継いだことが、知名度を高めた大きな要因だった。
「debuya」と「元祖!でぶや」の放送期間番組の歴史を整理すると、次のようになる。
| 時期 | 人物・番組 | 主な役割・出来事 |
|---|---|---|
| 1999年〜2000年 | テレビ朝日「あ。た、り」 | カワイ麻弓が番組内で「まいうー」と発言。石塚とパパイヤもその面白さに注目。 |
| 2000年10月〜2003年9月 | テレビ東京「debuya」 | 石塚英彦とパパイヤ鈴木がフレーズを継続使用。グルメ番組での知名度が高まる。 |
| 2003年10月〜2008年3月 | テレビ東京「元祖!でぶや」 | ゴールデンタイムに進出。2人のグルメリポートとともに「まいうー」が広く知られる。 |
| 2026年 | テレビ東京「よじごじDays」 | 石塚英彦が金曜MCとして出演。グルメや街の魅力を伝える活動を継続。 |
特に大きな転換点となったのが、2003年10月に始まった「元祖!でぶや」だ。
深夜番組だった「debuya」からゴールデンタイムの番組へと発展したことで、視聴者層が広がった。石塚とパパイヤの掛け合い、豪快な食べっぷり、料理を味わった際のリアクションが番組の魅力となり、「まいうー」も広く認知されるようになった。
「まいうー」が石塚の代名詞になったのは、単に一度面白い言葉を発したからではない。複数の番組で繰り返し使われ、視聴者の記憶に残る機会が積み重なった結果なのである。
【経歴・プロフィール】ホンジャマカ石塚英彦はどんな人物?
1962年生まれ、1989年にホンジャマカを結成石塚英彦は1962年2月6日生まれ、神奈川県横浜市出身のお笑いタレント。2026年11月現在は64歳である。
所属事務所のワタナベエンターテインメントの公式プロフィールでは、お笑いコンビ「ホンジャマカ」のメンバーとして紹介されている。相方は恵俊彰。2人は1989年にコンビを結成した。
ホンジャマカとしてバラエティー番組に出演する一方、石塚はグルメレポーター、俳優、声優などにも活動の幅を広げてきた。
グルメレポーターとしての転機は1996年興味深いのは、石塚がグルメレポーターとして活動を始めた背景だ。
2024年の「食の窓口」のインタビューで、石塚は34歳の頃にグルメロケの仕事が始まったと振り返っている。
当時は相方の恵俊彰が司会業での出演を増やしていたため、自分には何ができるのかを考えていた時期だったという。
最初のグルメロケは1996年。豪邸に宿泊して生活や食事を紹介する企画に出演した際、制作側が石塚の食事中の生き生きとした様子に注目したことが、その後の仕事につながった。
当初からグルメリポーターを目指していたというより、自然な食べる姿やリアクションが仕事として評価され、専門的な活動へ発展していったのである。
俳優・声優としても実績を重ねる石塚の活動はグルメ番組だけにとどまらない。
ワタナベエンターテインメントの公式プロフィールには、テレビドラマ「福原警部」シリーズや「刑事110キロ」シリーズでの主演、映画「20世紀少年」への出演などが掲載されている。
声優としては、ディズニー・ピクサー作品「モンスターズ・インク」および「モンスターズ・ユニバーシティ」でサリーの日本語吹き替えを担当した。
特に「刑事110キロ」では主演を務め、普段の親しみやすいグルメタレントとは異なる俳優としての一面も見せた。
こうした複数の活動領域を持っていることが、長年にわたってテレビで活躍できる理由の一つになっている。
【2026年最新】石塚英彦の現在は?よじごじDaysの出演と活動
テレビ東京「よじごじDays」の金曜MC2026年現在の石塚英彦の主なテレビ出演として挙げられるのが、テレビ東京の生活情報番組「よじごじDays」だ。
同番組は月曜日から金曜日まで午後3時40分から放送されており、曜日ごとに異なるMCが担当する。石塚は金曜日のMCを務めている。
テレビ東京の公式番組情報では、2026年11月6日(金)の放送にもMCとして石塚の名前が掲載されている。放送時間は15時40分から16時54分までで、秋の日帰りバス旅行をテーマにした内容だった。
番組では、生活に役立つ情報、旬のグルメ、人気スポット、地域の魅力などを紹介する。石塚の得意分野である食のリポートや、親しみやすいリアクションを生かせる番組だ。
「元祖!でぶや」で培った食リポの経験が、現在の情報番組にもつながっている。
FMヨコハマではラジオパーソナリティーとしても活動石塚はテレビだけでなく、ラジオにも出演している。
FMヨコハマでは「ジェイワンホームズ 心にまいう~ 一輪・二輪・サンバ!」にDJとして参加。公式番組情報によると、放送時間は毎週金曜日の午前5時45分から6時までとなっている。
番組では神奈川県の街の話題やグルメ情報、季節の話題などを紹介している。番組タイトルにも「まいう~」が使われている点が、石塚らしい。
かながわ観光親善大使にも就任2024年7月30日には、神奈川県から「かながわ観光親善大使」に任命された。
神奈川県の公式発表によると、石塚は横浜市出身のお笑いタレント、グルメリポーター、俳優として紹介されている。大使の活動には、観光キャンペーンやイベントへの参加、メディアを通じた観光PRなどが含まれる。
食の魅力を伝える仕事を長く続けてきた石塚にとって、地元神奈川の観光や食文化を紹介する役割は、これまでのキャリアとも親和性が高い。
2026年の石塚英彦は、テレビのレギュラー出演に加えてラジオや地域の観光PRにも活動の場を広げている。単なる懐かしのグルメタレントではなく、現在も食と地域の魅力を発信する現役の出演者だ。
【プロの結論】「まいうー」の本当の功労者は誰なのか
「まいうー」の誕生秘話を整理すると、誰が元祖なのかという疑問には、実は3つの異なる答えがある。
1つ目は、テレビ番組で最初に発した人物。これはカワイ麻弓である。1999年の「あ。た、り」での発言が、石塚本人の証言によって明らかになっている。
2つ目は、フレーズを食リポの定番として定着させた人物。これは石塚英彦とパパイヤ鈴木だ。テレビ東京の「debuya」から「元祖!でぶや」にかけて繰り返し使用したことで、視聴者に浸透した。
3つ目は、言葉そのものを最初に作った人物。この点については、カワイや石塚が発明者だと断定できない。石塚自身が昔の芸能界の業界用語として使われていたことに触れているためだ。
ここに、芸能界の決めゼリフが生まれる仕組みが見えてくる。
言葉そのものが新しくなくても、出演者のキャラクター、番組の演出、繰り返し使われる場面が組み合わさることで、特定の人物を象徴するフレーズへと変わる。
石塚の場合、食べることを楽しむ自然な表情と「まいうー」という短く印象的な言葉が結びついた。加えて、パパイヤ鈴木とのコンビネーションや「元祖!でぶや」の番組人気が、その認知を後押しした。
つまり、カワイ麻弓が最初のきっかけを作り、石塚とパパイヤがテレビを通して文化的な定番へと育てたのである。
この3段階を区別すれば、「石塚英彦がまいうーを発明した」という単純な説明よりも、誕生の経緯を正確に理解できる。
石塚英彦の「まいうー」に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石塚英彦の「まいうー」は本人が考えた言葉ですか?
A1:いいえ。石塚本人が2024年のインタビューで、自分が作った言葉ではないと説明しています。1999年のテレビ朝日「あ。た、り」でカワイ麻弓が発したのが、番組内での始まりです。
Q2:「まいうー」の元祖は誰ですか?
A2:テレビ番組で最初に発した人物として知られるのはカワイ麻弓です。ただし、言葉そのものは以前から芸能界で使われていた業界用語とされており、最初に考案した人物までは特定されていません。
Q3:2026年現在、石塚英彦は何のテレビ番組に出演していますか?
A3:テレビ東京「よじごじDays」の金曜MCを務めています。また、FMヨコハマの「ジェイワンホームズ 心にまいう~ 一輪・二輪・サンバ!」にもDJとして出演しています。
石塚英彦の代名詞「まいうー」は、1999年のテレビ朝日「あ。た、り」でカワイ麻弓が発した言葉をきっかけに広まった。石塚とパパイヤ鈴木がテレビ東京「debuya」で使い続け、「元祖!でぶや」の人気とともに全国的な定番フレーズへと成長した。
言葉の元祖と、世間に広めた人物は異なる。そして、その言葉自体にも以前からの芸能界の文化が存在していた。この背景を知ると、何気なく聞いていた「まいうー」の印象も変わってくる。
2026年現在、64歳の石塚英彦は「よじごじDays」の金曜MCやFMヨコハマのラジオ出演を通じて、食の楽しさを伝え続けている。1990年代に生まれた一つの言葉が、現在も本人の活動と結びついていることは、長年にわたって築いてきたタレントとしての存在感を物語っている。
「まいうー」の歴史を知るうえでは、カワイ麻弓が発した瞬間と、石塚英彦・パパイヤ鈴木が広めた過程の両方を押さえておきたい。
主な確認資料:ワタナベエンターテインメント公式プロフィール、テレビ東京公式「よじごじDays」番組情報、FMヨコハマ公式番組情報、神奈川県公式発表、デイリースポーツ、テレビ東京プラス、2024年の石塚英彦本人インタビュー(食の窓口)。